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テレビ取材がきたけれど・・・。

きょう、テレビの取材がありました。気仙33観音をめぐり、八木澤商店でお昼を食べる・・・っていう設定。

 テレビの取材って、すごいですね。緻密で、ディレクターがあれこれ指示して、カメラマンもマイクもってる方もサササッと動いて、レポーターの女の子は声を高らかに上手なリアクションをする。

 メインは八木澤商店ではないので、簡単な時間の流れを書き記した書面をもらい、簡単な説明を受けて、ディレクターも簡単に「ま、こんなカンジで・・・。」と、あっさりカメラがまわりはじめた。

 八木澤商店のお店番をしているM美を登場させたのだが、上司であるワタクシ黒まめ、思いっきりしくじる。

 そう、彼女は神の領域に達する「天然ムスメ・不思議ちゃん」だった。アドリブ全開、商品説明を傍できいてた社員たち、生きた心地がしなかった。小さい声で「オイオイ」とツッコミを入れながら食べている。

 膝から崩れ落ちて、涙がでそうだったよ、M美。

 ごはんが喉を通ったのか、どこにごはんが入っていったのか、おぼえていない。

 あぁぁ・・・ハラ減った・・・。

 放送は4月7日(土)午後6時30分、ローカル番組の「山海漬」。

ディレクター曰く「いいですねぇ、その訛り。」余計なお世話じゃ。

 これからお昼ごはんを食べる場面を撮るところ。

 社員一同、「あれ、今日おかずがなんか多いよね。」

 洋子さん、「うるさい、だまって食べろ。」マイク、ひろいました。


 

ぐちいちよーズ。

さて、八木澤商店では、ちょっとした「この漢字書けるか?」ブームである。ことの発端は5,000円札に描かれている人は誰か?ということからだった。

当然ながら、すんなりでてくるものだと思っていたが、「???」が数人いたのである。

そんなの生きていくうえで関係ないと思っているのか、目に留まるほど財布に入っていることがないのかはわからないが、とにかく「樋口一葉」がわからないのである。

樋口一葉とは何者なのか、漢字ではどう書くのか、紙幣に描かれるほど有名人なのか。わからないのだ(泣)。おいおい、若くして亡くなった近代女流作家で「たけくらべ」が有名じゃろうがよぅ(泣)。

「ひぐちいちよう?・・・書けるよ、『ぐちいちよう』なら。」  「・・・。」

もう、上司黒まめ、同僚も部下も斬り捨てたい気分である。

パソコンが普及し、ペンを持って書くことなど以前の半分もなくなった現在、漢字を「書く」ことは至難の業なのか。総務・営業企画としてビジネスマナーを身につけ、部下のM美を一人前に・・・と必死になっていたら、あらら、新入社員だけじゃなくて、漢字が書けなくて、みんなお得意様の前で、けっこう恥ずかしい思いをしているという。

『樋口一葉』を書けなかった3人を、「ぐちいちよーズ」と命名。

毎日、毎回、「○×って書けるか?」と先制攻撃をする。その3人は、いつ何時声をかけられるか、ビクビクしている。

よぅし、今度は「第1回八木澤商店社員一斉漢字テスト」をやって、赤点は社会奉仕で、町のごみ拾いでもやってもらおうか。

まさか、「福沢諭吉」は「輸吉」じゃぁないだろうな・・・。


 

泣けるぜ、アンパンマン。

最近、黒まめ家では、アンパンマンキャラクターものがそこらじゅうにある。ぬいぐるみ、お絵かきちょう、シャンプー入れ(中身はからっぽ)、バイキンマンのふりかけ入れ(これも中身はからっぽ)、DVD、そして、アンパンマンスーパー大図鑑(1600種類のキャラクターが載っている)、その他いろいろ・・・。

最近観たDVDは、ちょっといいハナシだった。「いのちの星のドーリィ」という題名で、わがままな人形ドーリィが、アンパンマンのやさしさと「生きる意味」を教えられ、一度死んだアンパンマンに自分の命をあげてアンパンマンを助けるという、ものすごい内容。

ムスメは、このハナシだけは、口をへの字にむすんで、一言もしゃべらないで観る。音楽も、ちょっと重々しいカンジもするし、雰囲気でそうなっているのかもしれないが、字幕がでて、いつもの曲が流れると、大きいため息をつく。

最初に観たとき、ママは泣いてしまった。ほんとうにすごいハナシだよ。侮るなかれ、アンパンマン。子供向けだから、単純明快でわかりやすいし(あ、だから、ママは泣いたのか?)。

ハマちゃんは「その大図鑑、どこで買ったんすかぁ?!!!」と叫んで、手にとろうとしてワタシのムスメににらみつけられていた。本屋で売ってなくて、パパがどこかマニアックな雑貨屋でみつけてきたもの。

大人も夢中になって見られる図鑑。ママもアンパンマンに夢中なのである。


 

今泉じゃりたれ爆走族。

昨日は保育所入所式。ムスメもひとつお姉ちゃんになった。今年はなにをしでかすのかなぁ・・・と考えながら保育所へ。なんてったって、大親友で、時には天敵にもなるゆきのが同じりんご組に入所しちゃったもんね。

「来年はゆきのちゃんも入所しますからねぇ・・・。」と、やたら含みをもたせた言われかたをしてきたが、ひかりママ・黒まめは、結構楽しみにしている。

ゆきのと、ひかりがタッグを組むと、誰も手がつけられない。ゆきののお兄ちゃん・よっちは目に涙を浮かべて「だめだよぅ、ひかりぃ、ゆきのぉ・・・」と説教するが、きいたもんではない。たくましく育てよ、じゃりたれどもよ。

「撮るよー、みんなもっとそばによってぇ、一枚でいいんだよぉぅ!」といったところで、誰もききやしない。

見よ。ゆきのの「あぁぁ、しゃらくせー。」とでもいっているかのようなカオ。これで「プリキュア○×△!」といって大騒ぎしている。

ちなみに、プリキュア5のメンバーは、ゆきの、ひかり、ようちゃん(ゆきののいとこ)、黒まめ、まかないの洋子さん。誰が選んだんじゃ。

左から、ひかり、ゆきの、よっち、けいた。


 

「こちらのほうから・・・(?)」。

とあるホテルに電話した。いろいろ話をして、最後に「こちらのほうへお電話いただけましたら・・・。」と言う。

よくあるんだ、最近「こちらのほうへ」「こちらのほうから」表現。コマーシャルでも「大人のマナー」でこの表現は間違いと指摘しているが、使用頻度はかなり高いだろう。ホテルのフロントで気取った声でこれを言うんだから。

部下には徹底的に「なおせっ(怒)!!」と言っている。ちょっと前にNHKの「クローズアップ現代」で乱れた日本語表現について特集していた。外国資本の会社の接客マニュアルを直訳し、それをそのまま日本版マニュアルにしたがために、ヘンな日本語が定着してしまったのでは・・・という説。

たしかに。ヘンな日本語はファーストフード、コンビニ、ファミリーレストランから派生したといわれている。ワタクシ黒まめ、コンビニであまりにヘンな日本語を堂々と使われ、つい「その日本語は正しいのか?」と若い兄ちゃんに質問し、ムッとされたことがある。

小さいうちから英語を・・・と国はひっちゃきになっているが、その前に正しい、美しい日本語を徹底的に教えて、そして母国語で自分の意見を語れる人間性を育てようよ。そんなんじゃ、英語習わせたところで、中身のない日本人ばっかりになっちゃう。

こんな風に思うのは黒まめだけか?

そういえば、政治家もインタビューで「ナントカ的にはぁ・・・。」ってよく言う。なんだよ、その表現。美しい国をつくりたきゃ、「今の若いやつらは・・・」ってボヤく前におんなじ表現つかっている大人のあなた方がなおしなさいっ!ってな気分だよ・・・。


 

O先生の「予約?あってないようなもんだから。」

最近、ダンナとムスメ、そしてワタクシ黒まめの3人は口腔内がすこぶる調子がいい。なぜか?かかりつけの歯医者をかえたのだ。

O先生。院内設備は古いが、細かい説明をしながらサッサと治療していく。そんで、若い(多分)のに方言まるだしで、やたらと面白い。まちからちょっと遠いので、O先生に通いたいなぁと思いながらも、しばらくは近くの評判がいいとされる歯医者に通っていた。

かかりつけを変えたのは、単純な理由から。春に治療をしてもらい、「次の予約は・・・えぇと・・・9月の○×日でいかがですか?」ときた。おいおい、半年近くもあけたら、違う歯が虫歯になっちゃうよ。「せめて1〜2ヶ月先になんとかなりませんか?」ときいたら受付の女性は困った顔をしたので、こんなに日にちがあいてしまったら、めんどくさがりのワタクシは続かないと思って、その歯医者とはさよならした。

時をおなじくして、ダンナも同じ歯医者と縁を切った。理由は彼もまた単純。治療をしながら、医者は「最近患者が多くて、商売繁盛なんですよ。」といったという。なんか、品のない医者。ダンナ、気分を害し、「次回は結構です。」といって、やめたという。

個人的意見だが、医者は患者の前で「儲かる」話はやめたほうがいい。この医者はなにを目的で患者の治療をしているのだ?と不安になる。

これはきっとO先生へ行け、っていう思し召しだ!なんて勝手に思い込んで、車を走らせ、いよいよO先生のもとへ。

「この治療途中の歯、もしかして×○△歯科かな?」と聞かれ、「正解です。」と答えたら、「うちねぇ、その歯医者から流れてきた患者さん、たっくさんいるから。」だって。

治療前に、歯を磨いてくれる。通い始めの何回かは、ワタクシの歯は磨いてくれなかった。後できいたら磨き方のきれいな人は治療前は磨かないんだって。おぉぉ、きれいだってことか、と嬉しくなったが、やっぱり磨いてほしいので、毎回お願いしている。先生曰く「サービスですよ。」

歯の磨き方も親切に教えてくれるし、治療もさることながら、ダンナは歯磨きで歯槽膿漏がなおったのである。口臭の原因のひとつに歯槽膿漏があるらしいが、ダンナはちょっとひどかった。お客様を相手にする仕事だし、「いってらっしゃい、あなた。」のチュー(ウソ)もできないから、はやくなんとかしろ、と騒いでいたが、以前の歯医者ではどうにもならなかったのに、O先生のところで、1ヶ月半でなおってしまった。

ダンナは50歳を超えてもぜんぶ自分の歯。先生がいうには「たいしたもんだよ、この歳で、この口腔内環境。」ムスメはいまのところ虫歯なし。ワタクシも長年見ないふりをしていた気になる歯を徹底的になおしてもらい、すこぶる快調。

ダンナはO先生をいたく気に入り、「もう治療する歯がないから来なくていい。」といわれているのに、なぜか通っている。

カラダは正直で、調子がよくなると、気分も晴れ晴れする。歯医者に通うのが死ぬほど億劫だったあのころがウソのようだ。ワタクシも治療の日を楽しみにしている。

仕事の関係で、週に1回。急な仕事でいけない、と電話すると「明日空いてますからどうぞ。」と。うれしい。身震いするほどうれしい。「うちはねぇ、予約、あってないようなもんだから、困ったらおいで。」だって。くぅぅぅ・・・好きだなぁ、こんな先生。ちょうど電話したとき、ダンナの治療するところを探すのに、先生は苦労していたらしい。お付き合いしてくれてありがとう。

去年までは、なにかに理由をつけてカラダのあちこちの不具合を気力でカバーしてきたが、それも限界に近づきつつあるような気がするので、「今年は元気なカラダにもどる年」と決めて、あちこちを修理している。素敵な先生に出会った。

ちかいうちに、O先生の芸を拝見したいものである。学校のクラブ活動の顧問をしたり、いろんなところで活躍してるらしく、歓送迎会などのパーティでは必ず披露するらしい。父兄には、そちらで有名なO先生なのである。


 

あぁ、なつかしの雪景色よ・・・。

いつも商品をお買い上げくださる山形のお客様が、写真を送ってきた。蔵王の雪景色。見渡すかぎりの樹氷。

あぁぁぁぁぁぁ・・・き、禁断症状が・・・。

ムスメが生まれる前は、シーズンになると、週に一度は必ず山へでかけたものだ。ゲレンデでは飽き足らず、かんじき(今は『スノーシュー』って言うんですって?)を履いて、1時間半くらいかけて頂上を目指し、一気に滑り降りる。

あぁ、あのころがなつかしい(涙)。

ダンナとの出会いもそういえば、スノーボードだったなぁ(・・・しみじみ・・・)。

よぉし、「来シーズンは復帰」宣言。お客様に刺激され、昔の闘志(?)がメラメラと頭をもたげる。写真を送ってくださったこのお客様には、ワタクシが優雅に滑っている写真でも送ってみようかしら・・・。

今年は暖冬といわれながらもこの雪の美しさ。東北ならではの雪質と、この積雪量。

素敵な写真をありがとうございます。息がつまるほどにカラダが反応してしまいました。


 

カ・・・カラダが・・・。

酔仙酒造さんの敷地内の桜も咲いて(今年は鳥につぼみを食べられたとかで、花芽が少なくて、ちょっと寂しい・・・)、土曜日の昼は桜祭りに出展し、得意のキムチ鍋を販売。

ハマちゃんのお父さ〜ん、みてくださいよぉ、息子さん、サボってますよぉ(ウソ)!

手前のカメラ目線は、ムスメ・ひかり。こういうお祭り(のような)ムードが大好きなのである。

日本人て、なぜか桜に特別な感情があると思いませんか?

 その夜は、八木澤商店のお花見。社員だけじゃなくて、その家族ももちろん、参加。

 社員は肉を食うのに必死。後ろでは子どもたちが遊んでいる。

 肉が足りなくなって、買出しに。肉が焼きあがったとたん、大雨に。誰だ、日ごろのおこないが悪いヤツはっ!

 すぐさま撤収し、即座に2次会へ。あれ、焼いた肉は?まさかゴミじゃぁないだろうね。

 家族連れの社員が袋にいれて大事そうに持って帰ったそうです。たぶん、日曜日の子どもたちのメニューは朝から晩まで肉だな・・・。

なんかねぇ、みんな飲み方がすごく控えめなの。

「なんで?」って・・・、あぁっ!っと、沢山飲んでから思い出した。

 次の日は、会社前の側溝の大掃除だった。小雨決行、いざはじまったら、またもや大雨に。

・・・日ごろのおこないが悪いのはもしかしてワタクシか・・・?

昨日はおととい飲んでカラダがガタガタ。今日は昨日の作業でカラダがガタガタ・・・。

 「お〜い、かあちゃんより、ムスメが稼いでいるぞぉ!」ムスメは泥んこ遊びのつもりで、嬉しそうだったが、家に帰ったら、ぷ〜んと、とっても臭かった。

 


 

日本語の美しさ。

最近、部下に「日本語がオカシイ」と指摘しながら、思い出す人がいる。高校時代に、クラブ活動の顧問をしていたカズコ先生だ。

ワタクシ・黒まめ、高校時には、合唱部に所属しており、3年間、体育会系とも言われるハードな活動をしていた。合唱部にも大会があって、あちこちでかけては歌い、「○×賞」をとったと、みなで肩を抱き合い喜んだり、あまりうれしくない順位で「ちくしょう」と思いながら「今度こそ!」と燃えた青春時代であった。

カズコ先生は、どちらかというと、日本語より外国語の歌が得意だったように思う。情熱的で、歌うことが好きで好きで、映画「サウンド・オヴ・ミュージック」のジュリー・アンドリュースのように歌いながら廊下を歩いてくる・・・そんな先生。

その先生が、ある大会でめずらしく日本語の歌を選んだ。三善晃先生作曲の「三つの抒情」から。彼女は三善晃先生が大好きだけど、日本語の歌が得意じゃないから、歌うこと(歌わせること)に抵抗を感じていたようだったが、歌うと決めたのは、「この生徒たちとだったら、(三善晃)先生の曲を一緒に仕上げたい」と思ってくれたからだという。

詩の意味する叙情的な表現なんて、いま振り返ると、ちゃんとできていたかしら・・・って思う。(20ン年前の)楽譜を読み返して、今感じることと、あの時では全然違う。いろいろな経験と、そのときから増えた知識がそうさせているんだろう。

それでもカズコ先生は、言葉ひとつひとつの持つ意味を丁寧に教えてくれた。あの時できることを、ワタクシたちはすべてやったような気がする。そのときの影響なんだろうか、英語が好きで、大学は英米文学を専攻したけれど、英米文学を学べば学ぶほど、日本語・日本文学の美しさが湧き上がってくるという・・・。古文、漢文は好きだったけど、国語は好きじゃなかった。日本語を意識して使ったり、歌ったりするようになったのは、やっぱりカズコ先生のおかげかな。

大学時代は、遊びに、アルバイトにいそしんだが、比例して学内の図書館にいりびたり、本を読みあさったものだ。それも、日本文学。

高校時代も大学時代も、エネルギーがありあまっていたんだなぁ。でも、その時があるから、いまのワタクシがあるんだなぁ。

20年近くたってから、よく思い出す。カズコ先生、元気でいらっしゃるかしら。


 

エミちゃん。

ときどき、ふっと思い出したときに、ちょうど電話してくる友達がいる。同級生のエミちゃん。昨日も電話があった。

彼女は、体調が思わしくないときや、ココロが折れそうなとき、嫌なことがあったとき、電話してくる。そのときはワタクシも「そういえば、エミちゃん、元気でいるのかしら・・・」と思っているときで、なんとなく、波長が合うというか・・・気がねしない間柄ではある。

彼女は何年も前に大病をし、今日も薬を飲み続けている。スポーツ万能、なんでもござれの彼女が、病気と薬で通勤もままならないほどに衰えているのが切ない。帰省したときは必ず会って気のすむまで話し込む。

そういえば、夜通し話し込む友達なんて、ほとんどいないし、近くにいないなぁ。年齢を重ねると、親友なるものが減っていくような気がする。エミちゃんは、高校のとき同じクラスだったけど、そのときはとりわけ仲がよかったわけでもない。連絡を取り合うようになって、会ってごはん食べに行ったり、たくさん話をするようになったのは、彼女が退院してからのことだったように思う。

ものすごいカッコイイ女性である。「学ぶ」姿勢が素敵だ。男の世界と言われる歴史学の世界を渡り歩いてきた人。カラダがついていかず、断念したのだが、好きなことから離れられず、その仕事に携わっていけるように仕事も変えてきた。

自分のしたいことをやり遂げる女性。ちょっと遠回りしたけれど、歴史民族博物館に勤務し、自分のやりたいことを今も精一杯やっている。

ダンナも「あいつはカッコイイ。」とベタ褒めである。ワタクシには言ってくれたことのない台詞。うぅぅ、ちくしょー。

昨日の電話は、心よりカラダがまいってる、そんな電話だった。「1週間休みとって、帰って来い。」って言ったら、「ほんとにそうしようかな・・・。」って彼女。

「エミちゃーん、おいでよぅ。待ってるよぉ。」ムスメも受話器を奪って話したい人のようだ。帰ってきたら、一緒に山菜採りに行こうかな。


 

親の仕事。

ダンナはよく、人生相談をうけやすい。ワタクシもいろいろ相談するが、この間も相談にのったらしい。そのときの内容はこうだ。

息子が家出をした。息子がやりたいことを口にし、家族の誰もが反対した。翌日もいつもどおりに起きてきて、いつもどおりに会話をし、いつもどおりに家の仕事を手伝い、そして、息子は家出した、と。

家出した息子の兄たちは、すきなことばかりやっていて、家の仕事は全部、その息子がやってくれていた。兄たちとは違い、素直ないい子だと思っていたけど、やっぱり悪いところも似てくるのかなぁ、と泣きそうに語った母親。

ダンナは静かに答えた。「兄弟だからって、嫌なところまでみんな似てくるっていう考え方はやめたほうがいい。家出した息子は聞く限りはまじめそうだし、家出したからって不良になってしまうとは限らないよ。まじめに考えての衝動ってことだってあるんだから。」

母親は相当ショックだったようだ。父親が仕事の関係で家にいるのは数年のうち1ヶ月とかで、自分が父親業もかねて育ててきたからこういうことになってしまったのでは、と嘆く。

「親という字はね・・・。」とダンナが武田鉄矢のように切り出した。

「木の上に立って見る、と書くようになんでもかんでも口出しすればいいってもんじゃないってことだよね。見守るってことが必要なんじゃぁないかな。本当に危ないときは助けるべきだけど、人さまに迷惑をかけていないのなら、親の口出しや説教は、親のこうなってもらわないと困るっていう希望がほとんどだからね。あんまり悩まなくてもだいじょうぶだよ。」

・・・おぉぉ、武田鉄矢ではなかった。千利休ではないか、これは。

そして、家出息子は帰ってきて、何事もなかったかのように過ごしている。息子の心の中はわからないけど、いつかまた自分のやりたいことを口にして反対されても、家族が心配するようなことはしないんじゃないだろうか。ワタクシはそう思っている。なにせ、ワタクシは息子をよく知っているから。ヤツはホントにいい子なのだ。

親はどこまで子を叱ればいいのか。だまって見守るのはどこまでか。子が大きくなればなるほど、親は悩む。そして母親は声を荒げる回数が増える。

ワタクシも木の上に立って、見守ってみようか。最近はワタクシのペースにあわせようと、ムスメにかなり無理をさせてしまっていたような気がするから。


 

あぁ、いとしのチーズケーキよ・・・。

今朝から(すごい)音をたてて降っている雨。やっと梅雨らしい季節に。大豆もきゅうりも紫蘇の畑も「そろそろマズイぞ・・・」ってな具合だったので、今日は恵みの雨。いつもは不快な思いで過ごすこの季節だけど、冬に雪が降らなかったことや、あちこちで異常気象が聞こえてくると、「日本の四季の移ろいを愛でる感性を磨かなくては・・・!」と訳のわからない思いがムクムクと頭をもたげ、「この季節もいいもんだ」と単純なワタクシ。

その単純な発想にさらに拍車をかけるお届け物が。

岩手県藤沢町にある館ヶ森アーク牧場さんからチーズケーキと、シフォンケーキが届いた。

外は雨。10時の休憩時間に、大好きな水俣の「さくら紅茶」とアークのチーズケーキで幸せなひとときを・・・。

雨と紅茶とケーキ・・・なんか、イギリスっぽくていいんじゃない?(←ホント、単純なのである)

「牧場にラベンダーが咲きはじめました。皆様で遊びにいらっしゃってくださいませ。」と、とてもいい香りのラベンダーとカードを添えて送ってくださった里中さん、ありがとぉぉぉぉぉっ!!

アーク牧場さんのホームページ、どうぞご覧下さい。日本人が、人間が生きていくことのココロのありかた、「食べる」ことの意義をそっと教えてくれるサイトです。でも、「牧場」と名がついているくらいですから、牧場があって動物がいます。そして、豚肉やハム、ソーセージ、ケーキ等製造販売しているところで、景色も見事。

あ、里中さん、ケーキ、ものの1分もかからず完売しました。雨の音をききながら・・・なんて雰囲気はまったくなく、奪い合いのガッツキ喰いでした。なんで「さぁいただきましょう」って時に、みんな営業や配達からもどってくるのかしら・・・。

ケーキが届いたいきさつを常務に話したら、「恥ずかしいっ!!」って。そうかなぁ・・・そうなの?ハズカシイって言われたら、書けなくなっちゃったわ。


 

ノーメディアチャレンジ。

数日間を、子どもたちと「テレビ・DVD・ゲーム・携帯電話などの身の回りにあるメディアを消して生活しよう」というもの。

便利なものは、大人にとって便利なもので、子どもにとって便利なものかどうかは別のハナシだもんなぁ・・・と、こういう試みを機にはたと考えるワタクシ。

テレビ・DVDはとっても便利で、「ママぁ、一緒に遊ぼうよぅ・・・」と夕飯の後片付けをするワタクシにまとわりつくムスメを子守してくれるし、いまどきの携帯電話は、それさえあればなんでもできるし(・・・とはいうものの、ワタクシ、携帯電話を持つことをいまだ拒否し続けております)。

「もう少しで終わるから、テレビ見て待っててね。」と。そのとき、ムスメはテレビをみたいのか否かはわからない。とにかく、まとわりつくムスメをはらいのけ、早く片付けてしまいたい・・・と、ワタクシの願望が優先し、テレビをつける。あぁ、ごめんよ、ムスメ。

そういえば、夏至に我が家でも「キャンドルナイト」で過ごしたのだが、ムスメはとっても楽しかったようだ。ワタクシもとっても楽しかった。電気を消して、ろうそくの灯りで過ごそうというもの。真っ暗な夜をろうそくの静かな灯りがぽわっと包み込んで、ものすごく心が和む。ろうそくの灯りだと、なぜか騒がしくならないのよね、ムスメは。

その後は風呂もろうそくの灯りでのんびりゆったり過ごしているし、後片付けをしているときも、「でんき全部消して、ろうそくつけて。」と言って、後片付けのあとはムスメとふたり、ろうそくの灯りのなか、うだうだ、ゴロゴロしている。

ムスメには、テレビもDVDもいらなくて、ワタクシの都合で押し付けていただけなのかも。

さぁ、やるぞ、ノーメディア。とりあえず、5日間くらい。でも、パパの大好きな時代劇はみせてあげようかな。でも、みなさま。キャンドルナイトでお過ごしの際は火の取扱いにご注意くださいませ。


 

7月のいろ〜んなこと。

なんだ、あっという間に7月が終わった。お中元商戦にてんやわんや、なにをやり遂げた文月やら。

今年の夏は空梅雨、酷暑なんていわれながら、いまだ東北地方梅雨明けせず。毎日涼しくて過ごしやすいけど、どこか他のところでは大雨や干ばつ、やっぱりヘンな天気があちこちで。

先月は(も?)いろんなことがあった月。

●BEACH CLEAN

7月8日(日)。地元のサーファーたちでビーチクリーン。キレイな海、浜があってこそ好きなことができるサーファーたち。パフォーマンスではなく、若者たちが意識をもって継続してほしいものです。写真中央のサングラスしているのが長老。サーファー暦ざっと30数年。あら、ワタクシの年齢と近いわね・・・って、ワタクシのダンナですけど。最近のサーファーたちは、六ヶ所再処理工場のことにも関心があるらしく、稼働反対の署名や、情報収集をまめにおこなっているらしい。感心、感心。

ダンナの天職?

ダンナが海の監視員をたのまれ、毎日海へ。波乗りするし、海のことをよく知り、溺れる状態をよくわかっていて助けられる人が欲しい・・・ということで。「ホントのところ、今年は人が足りなくてさ(泣)。」っていう協会側の小さなつぶやきが聞こえず、「これはボクの天職だぁっ!」なんて大いに勘違いしながら毎日勇んで海に通っている。

この日はものすごーく寒い日で、ジャンパーをはおってバスタオルを巻き、監視。やけに日に焼けて黒くて、寒い日は切なくみえる・・・。

Life Saving

上記写真は、ボランティアでライフセイビングスタッフとして週末やってくる伊藤クン。学生時代にライフセイビングに目覚め、社会人になった今も続けているのだそう。えらいよねぇ。今度会ったら「なんでそんなに一生懸命なの?」と聞いてみよう。26歳の好青年。ダンナと波乗りのハナシで盛り上がるんだとか。

これが伊藤クン。高田松原で見かけたら声をかけてください。「波乗りも頑張ってくださいね。」と。

挫折ムスメ

これはムスメ。寒い寒い日曜日、唇をむらさき色にしながら泳いだ日。寒くて挫折。砂浜でひたすら身体を乾かすも、風がビュービューで、最後には「もう帰るっ(怒)!!」と泣きながら海をあとにする。でも、家に帰ったら「明日も泳ぐ・・・。」あなたが泳ぐってことは、ママも泳がなくちゃいけないんです。波に体当たりするあなたを必死に支えるワタクシの身にもなってください。

ムスメのおともだち ルカちゃん。

海水浴のあとは、ムスメのお友だちのルカちゃんと遊ぶ。写真がぶれたのは、ママがびびったから。きらいじゃないのよ、猫は。だけど、ルカちゃんに「ニャオゥン」と鳴かれると、ドキドキするんだよねぇ。ルカちゃんはムスメが同じくらいのレベルだと思っているらしく、けっこうナメてかかってくる。ムスメを鍛えなければっ!

Cafeだ、Cafe。

CAFEがやってくる。関西(神戸)を中心に活動するバンドで、陸前高田には何度も足を運んでくれている。ワタクシは彼らの「君が好き」という曲が好きで、特にこの一節。

君が好き

君の声が好き

君がそばにいないけど

僕は君が好き

・・・なんていうことはない、ストレートに気持ちをうたっているこの部分。ヴォーカルのゆうすけクンの声がまたいいんだ。サザンオールスターズや小田和正などの独特の世界は(まだ)ないけど、なにせ日本語のつなぎが美しい。聴いていて、「あぁ、この2人は素直なんだろうなぁ・・・」と思う。スティービー・ワンダーの曲も好んで歌うゆうすけクン。それもまた必見(必聴・・・なんて漢字はあるのか?)

巣。

とある日曜日、とある場所でコーヒーを飲んでいたら、植え込みの陰に巣を発見。「おおぉっ、かわいいっ!」とカメラを向けたら、ピント合わせの「ピピッ」という音に反応し、口をパックリ開けてえさをねだられた。ごめん、ワタクシは虫をつかまえるのだけは遠慮したい・・・。ムスメはいまでも小鳥のことを気にしている。「カラスにたべられちゃうよぉ」って。7月はじめのことだから、大きくなっただろうな。またカメラ持っていってみようかな。

many classical moments。

先日、押入れを片付けていたら、ムスメの保育所でつくったもの、つかったものがでてきた(もちろんまだ通っているし、保育所生活あと2年半もある・・・)。ついこの間のことなのに「うわー、なつかしいー」と、絵やら、先生とワタクシがやりとりした連絡帳をあちこち開いて座り込んで見入ってしまった。

あ・・・また掃除が半分に・・・(大汗)。ムスメはせっかくとっておいた作品にまた絵を描き始めている(オイオイ)。

日々の仕事に追われて、ダンナとムスメとちゃんと心を交わした7月だったか・・・。「忙しいのは理由にならんぞ!!」とワタクシ仕事場ではよく言うのだが、もしかしたら「忙しい」ことを理由に私生活をちょっとおろそかにしてしまったような気がする。

よぅし、今月は引き続き「ノーメディアチャレンジ月間」と「この忙しい時期に家族団欒の時間をたくさんつくろう月間」にしよう・・・とダンナに言ったら、「ボク、けっこうヘトヘトだからさ、今月は『やってみなきゃ、わからない』はなしにしようよ。」だって。


 

あの日。

8月7日、この日は毎年「気仙町けんか七夕」が行われます。4台の山車が町内を練り歩き、その山車に上っている若人が笛や太鼓で「けんか七夕囃子」を奏でるというもの。名前のとおり、山車と山車がぶつかり合って「けんか」をするので、この日ばかりは男たちが目の色かえちゃって、まぁ勇ましいこと。

これが、八木澤商店がある上八日町の山車。今から出発・・・ってところ。

その間に八木澤商店では、生ビールやジュースの準備。製氷屋さんで買ってきた氷をトラックからおろそうと頑張るトモオくんと、天然ムスメ・M美と、営業の刈谷さん。「せーのっ!」って掛け声かけたのに、

ぼったり落とすかなぁ、ふつう。

挙句の果てに「てぇい、ここで切ってしまえぃっ!」と、トモオくん。もう、コメントのしようがございません。トモオくんよ、好きにしてくれ。

これもなかなか切れなくて、しまいには刈谷さんが木づちでドゴッとぶったたいて終わりましたが。

夜の山車はこんなカンジ。きれいでしょう。

にぎやかなお祭りの一方で、この日、陸前高田は天気が大荒れで、海水浴場では落雷がありました。不幸にも、小学生の男の子が命を落とすという、悲しい出来事がありました。ダンナや他の監視員が、救急車がかけつけるまでの間、心肺蘇生をしたり、冷たくなっていくカラダをさすりながら大声でその子の名前を呼んだり、いろいろ手を尽くしたのですが、救急車でICUに運ばれ、一命はとりとめたものの、翌未明にその子は息を引き取ったそうです。

それから、ダンナは事情聴取と取材で何日も仕事にならなかったとか。「雷の怖さについての特集をくみたいので、ぜひ取材を・・・」というような依頼を頑なに断り、仕事が終わって帰ってくると、庭でタバコをくゆらせながら、ぼーっとしている日々が続きました。

あとになってダンナはぽつりと言いました。「心肺蘇生をしているときの、あの子の顔が焼きついてはなれない」と。たぶん、ダンナは監視員という仕事に、溺れた人やケガをした人を毎年助けてはいても、まさか自分が手をさしのべた人が、息を引き取るようなことがあるなんて、思ってもいなかったのかもしれません。助けられなかったことでついてまわる、ご両親への申し訳なさと、あの時、あとひとつ自分にできたことはなかったのか・・・と必死に状況を思い出す毎日。

ワタクシ黒まめ、七夕の忙しさを理由に、その日ダンナに何があったのか、数日何を考えていたのか知る由もありませんでした。目にうっすら涙を浮かべ、なにかを必死でこらえている彼。背中をふるわせ、ぽろぽろと涙をながしている彼に、なぐさめの言葉もかけられないワタクシ。もう、サイテーな妻です(泣)。先日、監視員の仕事が終わり、反省会で「言いたいこと言ってきた」。これ以上、悲しい出来事が重ならないよう、消防署職員の助言と自分の思いをぜんぶ。

「ほんとうかどうかわからないけど、こどもって、突然亡くなったりするとき、楽しいことだけに包まれて死ぬってテレビで言ってたけど、ほんとうにそうだったらいいな・・・。」落雷事故のハナシはこれを最後にしなくなりました。

暑い夏の日の出来事。ご冥福をお祈りします。


 

いろんなこと。

タイヘンご無沙汰でございました。いろんなこと、まとめて(決してサボっていたわけじゃぁないのよっ!)。

●初雪。

今日、初雪が(あ、昨日かな?)。

しばれる朝でした。ムスメは「ぬおぉぉぉぉぉっ!!」と吼えながら雪が積もったワタクシの大事な車に体当たりしてちょっとキズをつけ、朝っぱらから母に胸ぐらつかまれお説教される。トホホの一日のはじまり(涙)。雪をみて、久しぶりの高揚感。「今年は・・・」と決意新たに昨夜スノーボードを再度ワックスがけ。

●メル友??GO様からのお写真。

お客様から写真をいただく。アウトドアな方らしく、昨シーズンの冬には同じ場所での雪景色をいただいたっけ。

今年は紅葉が遅かったり、なかったり、と言われておりましたけど、これは9月か10月の写真なので、ちょっと早い時期だったのかも。ワタクシはひたすら「ここに雪が積もったら・・・」と、勝手に想像しておりました。GO様、スキーをなさるなら滑降写真をお送りくださいませ。ゼッタイ、掲載させていただきます。今年はムスメも雪山デビューです。はたしてどうなることやら・・・。

●三陸の食卓をおすそわけ。

銀座にある岩手県の特産物を販売しているアンテナショップで、今月24日(土)より3日間、三陸の収穫祭イベントが行われます。

日時 : 11月24日(土)〜26日(月)の3日間。午前10時〜午後7時まで(最終日は午後5時まで)。

場所は、「いわて銀河プラザ(中央区銀座5−15−1)」。地下鉄日比谷線「東銀座駅」6番出口前。または、都営浅草線「東銀座駅」A1出口徒歩1分。

出品内容は、三陸直送魚介類即売会/気仙郡住田の米「敦盛」新米/有名地酒試飲販売/米崎りんごや、新鮮野菜/八木澤新商品の試食即売会、他々・・・・。「三陸の海・山のめぐみがぞくぞく登場します。おたのしみに。」と書いてあるハガキが。

八木澤商店からは営業のタカシくんが銀河プラザへ赴きます。見かけましたら声をかけてやってください。

これ、タカシくん。とってもいいヤツです。「カッコイイねぇ」なんていったら試食の量がグンと増えるかもしれません(タカシくん、ごめんよ)。

営業のハマちゃんは、最近やたらとタカシくんに気を遣う。そのハナシはのちほど。


 

一緒に仕事ができて、最高に楽しかった。

最近ダンナに「君も年齢を重ねて、涙腺ゆるゆるだね。」とよく言われる。そう、それくらい泣きっぱなしである。先週の土曜、タカシくんとハナシをして、家に帰ってからとめどなく涙が流れた。泣きはらして翌日、ダンナに「誰?」といわれるくらい瞼がパンパンに腫れちゃって。

少年から大人になる過程を歩んでいるタカシくんは、ちょっと前までとっても「生意気少年」に見えた。頭がよく、器用になんでもこなす彼は、人より作業スピードが速い。おまけにお客様のウケはとてもいい。ただ、なんでもできるけど、がさつな言い方をすることもあって、「八木澤の仕事なんて、こんなもんだ」と思って毎日過ごしていたと勝手に思っていた。

でも、10月中ごろから、彼は少しずつ変わってきたような気がする。急に大人になったというか、男になったというか・・・新人2名が営業部に所属したことで、自分の仕事の傍ら、やさしく丁寧に教えて、とても頼もしい男になったのである。

土曜日、ワタクシしつこいくらいにタカシくんにいろいろ質問したのだが、彼はひとつひとつに一生懸命答えてくれた。目指したいことがあって、八木澤商店を離れることになったのだが、彼のココロにはそれ以上にいろんな悩みを抱えていて、その悩みがぐるぐると体中をかけめぐり、若いがために鬱憤のはけ口がみつからず、ひとり悶々としていたようだ。悩んでいることを話しながらも、人のことはゼッタイに悪く言わない彼をみてて、とても切なくなってしまった。

彼と一緒に仕事をして、とても楽しかった。そういえば、「今の仕事量じゃ、物足りない」と去年のいまごろボヤイていたっけ。あれこれ仕事をたのんでも、ホイホイとこなす彼は、若いけどホントに頼もしいヤツだった。あの時は、八木澤商店を離れること、考えていたのかな。

だから余計に、土曜のタカシくんとのハナシは切なかった。聴いているワタクシ、場面場面で母親のような感覚になったり、同士になったり、ココロがぐるぐる揺れ動いて忙しかった。

ワタクシ黒まめ、思わず「ちょっと前までさぁ、タカシくんのこと、すっごく生意気だと思ってたんだよねぇ。」と言ってしまった。自分で言っておきながらビックリしてしまった。でも抑えられなかった。今のタカシくんなら、ワタクシがずっと思っていたことを話しても、全部受け入れてくれるだろう・・・なんて都合のいい解釈を勝手にしちゃって(←「だからおっかない、って言われるんだよ、キミは。」とダンナに説教される)。

でももうひとつだけ、タカシくんに言っておきたいことがあって。

「タカシくんと一緒に仕事してさぁ、最高に楽しかったんだよなぁ。引きとめはしないけどさぁ・・・。楽しかったなぁ。」

タカシくん、ワタクシねぇ、言いながら泣きそうになって、あなたの顔を見ることができませんでしたわ。

失恋したときだって、泣き続けても「あぁ、腹減った、やぁめた。泣くの。」ってケロッとしたもんだったが、今回はちょっと違った。今日だって、一緒に仕事してすぐそばにいるのに、なんだか切なくて、ワタクシとしたことが涙がこぼれそうですもの。

ダンナとタカシくんのお母さんがお友達で、いろいろなハナシをきくので、同僚だけではないような感覚になったのかな。ハマちゃんも「最近のタカシ、なんか変わったよね。」としきりに言う。

なんか、彼を失うことが惜しい。切ない。おまけに今日は寒さも骨身にしみるし。

タカシくん、いわて銀河プラザの催事、楽しんできてね。


 

おもい。

なんだか、ずいぶん久しぶりだ。体調を思いっきり崩し、2週間に1度の通院にさえ疲れ果てているこの頃、ワタクシの思考がまともじゃなくなってきているように感じる。うだうだしていたら、クリスマスも過ぎ、おいおい数日で「みなさま謹賀新年。」ではないか。たはー。

「薬の飲みすぎなんじゃないの?」なんてダンナは手のひらにのっけている量をみて、怪訝そうな顔をするが、素人で治せる症状ではないのでいたしかたあるまい。ただ、ホントに何をしてもしんどい毎日が続いている。

パソコンに向かうエネルギーさえ消えつつある、そんな時(もう、ずいぶん前のハナシになっちゃうのだが)、営業課長と課長補佐の3人でちょっと話し合う機会があって、2時間くらい(酒もなく)延々とハナシをした(・・・と言っても、ワタクシが一方的に、なのであるが)。そのとき、なぜかある人の言葉を思い出した。

人の思いは、その人の雰囲気となり、

人の思いは、その人の行動となり、

人の思いは、その人の人となりをなす。

発明家でもあり、哲学者でもあるDr.Shakleeの言葉だ(日本では健康食品サプリメント創始者で有名かも)。

2人と言葉を交わして、ワタクシはなんで今までがむしゃらに(本当にムキになって)仕事してきたんだろう・・・と考えた。得意先に提出する商品規格を作成する際に、さっぱりわからなくて得意先の担当者に一から教えてもらったのがきっかけで、「こりゃまずい!勉強しなければ・・・!」と思ったのがはじまりだったような気がする。

「どうせやるなら徹底的に・・・」と時間を忘れて仕事を仕上げたものだった(あぁ、若かったのね・・・エネルギーが有り余ってたのかしら・・・)。

「それはね、キミは自分のことが大好きだからだよ。」とダンナ。

「キミは、八木澤商店の社員達のことが大好きで、その人たちのために仕事しているみたいだけど、この人のためにやってやろう!ってがむしゃらになるのは、自分のことが好きじゃないと、できないことだよ。」と。

ふーむ。そりゃそうだよね。家に仕事持ち帰って、夜中の2時、3時に得意先と電話しながら仕事なんて、今は死んでもイヤ(それでなくても死にそーだから)。でも、あのときのそういった時間の積み重ねで、今のワタクシがあることは確か。そういう過ごし方を選んだのもワタクシ、誰かのためにじゃなくて、いろいろな知識を身につけたいと率先していたのもワタクシ。

昔ほどのエネルギーはないけれど、想いは相変わらず山のようにあるの。カラダを壊して、その想いに行動がついていかないことが歯がゆくて歯がゆくて・・・。

「人の思いはその人の人となりをなす」

ワタクシの人となりって・・・。これから積み上げていく人生をみててね、ダンナさま。

今までのは目をつぶってくれ。


 

彼女の意識。ワタクシの意識。

人に仕事の内容を教えることは、そう難しいものではないと思う。ワタクシが苦労したのは、意識の改革でした。

部下の「わからない」ことが、どのレベルなのか。

2年前にワタクシの部下になった彼女は、「ごはんはつくっている」という、家の手伝いをする、いい子に見えました。

ある日、会社で彼女が「得意料理をごちそうします!」というので、お言葉に甘えて・・・と、彼女が用意した材料は、卵と白いごはんと、白い粉でした。

「??」とは思ったものの、出来上がった料理は「カニチャーハン」でした。彼女にきいたら、「料理はなんでもできる」と言います。まさかと思い、材料をきいたら、

「麻婆豆腐」は、豆腐と麻婆豆腐の素、「酢豚」はピーマンと酢豚の素・・・彼女の料理の土台は、「○×△の素」がなければ成り立ちませんでした。

どういう食生活を送っているのかをきいたら、コカ・コーラ1日2リットル、週の何日かは家に帰らず、友達の家に泊まり、ごはんを食べずに夜通し話し込んで、ジュースとお菓子でお腹を満たし、出社するという、不規則な生活をしていました。

改善するように何度も言い聞かせたにもかかわらず、ある日、ちょっとした事件がおきました。当時の彼女はミスが多く、何を考えているのか、とらえどころのない時で、ワタクシが悶々としていたときでもあったので、怒りにまかせて彼女を叱りました。

たぶん、彼女は死ぬほど恐ろしかったでしょう。自分の感情を抑えられないワタクシの説教(というか、小言)が彼女を袋小路に追い詰め、出口にわざと施錠し、解決策を見出せないように苦しませていたようにも思います。

何日か過ぎて、暗い顔をしていた彼女に、「(そうなってもいいけど)やめたいの?」と聞きました。

彼女はきっぱりと答えました。

「やめません。やめたくはありません。仕事も覚えたいです。でも、黒まめ(←本名で言ったわよ)さんが、私のことをどう思っているのかと考えると、消えてしまいたい。」と泣きました。

そのとき、今までワタクシが彼女にしてきたことは、「教える」ことだったのか、「説教」だったのか、或いは「追い詰める」ことだったのか。考えると胸が苦しくなりました。

彼女は、彼女なりにワタクシに精一杯ついていこうと努力していたことを、ワタクシは知ろうとしなかっただけのことではないか。

彼女が「得意です」といった料理も、楽しいと思っていた生活スタイルも、その世界しか知らず、選択肢がなかったからではないかと、今となっては思うのです。

彼女に謝りました。「仕事は教える。今までのように、ワタクシは手は抜かない。厳しい。だけど、何かまた困ったことがあったり、誰かに何か言われたりしたら、ワタクシがあなたを守ってやる。だから、ワタクシについてきてくれる?」と、彼女に聞きました。

彼女は「はい」と答えてくれました。

そのときから10ヵ月後。

彼女に後輩ができました。新人教育係になりました。生活スタイルも食生活も一変し、お店のPOPは彼女のつくった料理のレシピ、写真が飾られています。料理本を5冊抱え、毎日奮闘しています。

今までの生活は「今考えると、怖いことしてきたんだなぁって思います。」という彼女。後輩に教えながら、自分の勉強不足の部分を一生懸命補おうと努力している姿が健気で、なんだか、おかしい(←すまん)。

人って、変わるもんです。「オラオラ!!」っていうワタクシの仕事振りはまったく変わる気配はないけれど、彼女に対する意識が、ワタクシも変わりました。彼女がワタクシを必要としてくれている以上、ワタクシは彼女に、ワタクシができることのすべてを教えようと思ってます。

ときどき、「このーっっ!!!(怒)!!!」ってツッコミを入れながら。

彼女の3年後、5年後が楽しみだ。


 

ふつうのおじいちゃま。

10年前、ワタクシ黒まめが入社したとき、会長河野通義氏は、すでに「ふつうのおじいちゃま」でした。周りの人たちが「会長はすごい」という意味がわからないまま幾年月を過ごしました。

年月が経ち、なんとなく聞こえてくる会長の軌跡、人となり。「ふつのおじいちゃま」だった会長が、いつしか周りの人たちがいう「すごい人」になって、あっという間に遠い存在の方になってしまいました。

会長の軌跡をたどるとき、切り離せないのが広田湾埋め立て開発問題。70年代、この陸前高田にも工業化の波が押し寄せ、臨海工業団地造成開発計画がすすみ、会長は「広田湾埋め立て開発に反対する会」を結成し、漁業をなりわいとする人たちと闘い、彼らの生活の確保に尽力し、同湾の豊かな自然を守った人。

あるとき、ダンナとムスメと外で食事をしていたとき、偶然、会長夫妻が入っていらした。「よかったら一緒のテーブルでいかが?」と言われ、「ぜひ!」とズケズケと、ちゃっかり隣に座り、ご一緒させていただいたことがある。

ダンナは会長の大ファンである。男が男に惚れる、尊敬の意味での畏れを抱き、でもいつか言葉を交わし、会長の心を覗いてみたい・・・そう思っていた矢先、その機会は突然訪れました。

「・・・どうして、(広田湾埋め立て開発反対に)立ち上がったのですか?」

取材のたびに必ずついてまわってきたであろう質問。新聞や取材記事に会長の答えが載っている。でも、ダンナはなにかを会長の口から聞きたかったようだ。

「理由は、ないよ。でも立ち上がらなくちゃいけない。そう思っただけなんだよ。」

ニコニコと笑顔で、ココアを飲んだ会長。

ダンナは言葉を失いました。次の質問も用意していたのに、どっかに吹っ飛んで頭が真っ白になった、と言ってたっけ。

それ以上でもそれ以下でもない。その言葉の真実が、そこにあるだけ。会長は立ち上がり、反対した。そして、美しい広田湾は今も豊かな自然を残し、漁業者は今も漁を続けている。

会長が息を引き取ったとき、ダンナはワタクシが泣くよりも先にさめざめと泣いた。

「たとえ言葉を交わさなくても、姿をみることがなくても、(会長が)生きている、それだけで心の支えだった。会長のような人格者にはなれないけど、少しでもあの方に近づきたい。すごく恋焦がれるような、憬れの人だった。」会長とダンナが言葉を交わしたのは、後にも先にもその食事のとき限り。

本当に素敵な方だった。

ムスメは「おじぃちゃまぁ!!」と叫んでぎゅぅっと抱きしめ、膝の上にちょこんと乗って遊んだりしてた。

「(コピー機やパソコンを)すごいねぇ、便利だねぇ。この機械はどうしてこんなことができるんだい?どうしてこんな風にしてででくるんだい?」質問攻めにあうこともしばしば。ニヤッと笑って(かわいらしい)いじわるをすることもあった。

ダンナにとっては雲の上の存在だった会長。でも、ムスメには「ふつうのおじいちゃま」で、ワタクシにとっては・・・「すごい人」であって、且つ「ふつうのおじいちゃま」でもあった。

なんだか、心にぽっかり穴があいた。

天国で律子奥様を見守ってくださいませね。おじいちゃま。


 

お散歩。

5月18日の日曜日。毎年恒例黒まめ家「まるで部活のような山菜採り」も終了し、今日はゆったりお散歩、ということで近くの山へ。

いいでしょ。近くにこんな景色があるなんて。ムスメはままごとより、専ら「探検」がすき。「今から迷いこむぞぉ。」ってな雰囲気がいい。

とにかく、まぁ緑がきれいだった。腕はなくとも、カメラでなんとかなる昨今。この美しさをみなさまにお伝えしたいわ。木漏れ日も風も気持ちよかったし、誰もいなくて、シーーーーーンとしてたし。

ちょっと歩いてすぐへたれるふりをするムスメ。「パパぁ、おんぶぅ。」で、すぐ背負ってもらえる。山菜採りの時は、「もう帰ろうよぉ。」とパパとママに泣きがはいったのに、ムスメは「まだまだっ!」と親に喝を入れる。なんだよ、この違い。

散歩途中に地蔵が2体。なにを意味するものかはわからんが、ムスメが地蔵に手をかけたら、くるりとまわる。「あわわわわ・・・(大汗)!!」と慌ててもとに戻したら、後で父が「あれはよー。自分の家の方角に向けて拝むんだじゃー。」と。あら、そうなの?元にもどした角度、あきらかに家の方角じゃぁないわね。

ひと山越えたところにおやしろがあって、大漁祈願の札やら旗やら。山のてっぺんに海の神様。見渡すと、海が見える。なんかいいじゃない。よぅし、今度行ったらお地蔵様の方角はワタクシの家に。・・・で、なにを願う?

散歩の帰り、立ち上がったらムスメよりはるかに大きい犬に遭遇。怖がりもせずに歩みより、力強く頭をなでなで。小さい犬や猫にはしつこくつきまとい、嫌がられるのが常なのだが、今日の犬はさすが。ムスメのしつこさに最後まで付き合ってくれたの。ありがとねぇ。

「パパはどこだぁ?」と探して・・・

「ここだよぉぅ、ぴかりぃん。」

「パパぁ、そんなとこに隠れてたのぉ?」

帰り、ムスメはなぜかおもちゃを手に家路につきました。

(パパが)ムスメにいっぱい踊らされた日曜日でした。 おしまい。


 

さち。

あぁぁ、ひさしぶりの書き込み。これを書くことによって、何人の方が「ブログ書きこむ前に入稿してくださいっっ(怒)!!」って思うんだろう。てぇぃ!書いてしまえ(←投げやり)!!

あの。世の中に(もったいなくて、大事にしたくて)広めたくないけど、言いたいことが(なんだそりゃ)。

さち(呼びすてでごめん)、元気でよかった。彼女はコピーライターで、自称「無名〜」と謙遜するが、ワタクシ黒まめ、彼女の書くものが大好きなのである。

八木澤商店と、得意先の一社員で知り合った彼女。パソコンが世の中に普及し、「メール」というものが一般市民もできるようになったころ(古いな、かなり)、毎晩のようにメールをした。そのときの彼女の思いが「ワタクシ」という人間の根幹(の一部)になっているように思う。

あのときは(も)楽しかった。子どもを授かってからも、夜中の授乳を終えてムスメがすやすや眠ると、ワタクシは毎晩のように彼女のブログを繰り返し読んだものだ。

生きるということ、食べるということ、子育てすること、コピーライターとして生きていくこと・・・彼女の言葉が何度も心にスコーンと響いて、何度も涙した。

そして、なにがあったかわからないけど、彼女は自分の心の内をブログに明かすことをお休みし、2年ほどたって、再び世にあらわれた。

さちは、さちのままだった。

それが嬉しい。さちの書くもの待ってたひと、たくさんいると思うよ。


 

愛か、不安か。

なんだか、カラダがヘトヘトである。肺の病気もそうだが、ハズカシイことに、静脈瘤ができまくり。この間は太股の静脈瘤が3ヶ所も裂けて、足が痛くて痛くて、さすがのワタクシも泣きそうだった。

それなのに、あぁそれなのに、仕事は待ってくれない。

そう、毎年恒例「お中元商戦・地獄の強化合宿期間」に突入していたのである。

体調は絶望的、おまけに地震がグラッときて、ここは被害がなかったものの、震源地近くの得意先様はどえらい被害にあったところもあるし、印刷メーカーの工場長さんとやらはぶっ倒れて八木澤商店の印刷がまったく進まない。がむしゃらに原稿書いてたそのとき、ボイラー屋さんが電気の使いすぎでブレーカー落とすし(怒怒怒)。

そんで今日はみんなに見えるように貼り紙を。

「今日は、規格書をひたすら書きますので、声はかけないでください。」

・・・ホントに誰も声をかけなかった。ひぇー。

仕事それ自体は楽しい。だが、こんなにカラダを疲れさせるモノはなんだ?たしかに、週に2日ほど徹夜はした。でもそれくらいどうってことないんだ、実は。

実は。そちら側にいったことも、そのような家族がいるわけでもないので、「心の病」とやらがわからない。実は、これで悩んでいる。こういうご時世だから(どんなご時世だ!?)、ストレスを抱え、心の病を抱えている人がたくさんいる・・・これはわかる。

人間関係、仕事、いろんなことに悩んで、解決できず、病を抱え、闇に落ちていく。

消えてしまいたい、とか、逃げ出したい、死んでしまいたいなんて、何度も考えた。いっそのこと、気が変になって何もかも投げ出してしまいたい、こう思ったこともある。

でも。

できない。ワタクシにはできない。闇に落ちる扉を開けるのも自分で選択することだから。それがワタクシにはできない。「こうありたい」という自分には「闇に落ちる扉を開ける自分」という選択肢はないから。

ダンナがいる。ムスメがいる。必死で働かなければ生きていかれない。だけど、働くのは「生きていくため」だけではない。もうどうでもいいや、とか適当に、はイヤなのである。ワタクシは「こうありたい」という自分に、ただ近づきたいのである。

闇に落ちる前に深呼吸して考えろ。甘ったれるな。自分一人が人生の負を背負ってしまった訳じゃないんだ。「限界」は自分で勝手につくっているだけだ。何を悩んでいる?答えは悩む前から知っているはずだ。

・・・ダンナにはいつもこうやって励まされる。「キミは答えを知っているはずだよ。」と。

人間は単純だ。キミの、人間の行動は、本能的な、根本的な2つの感情からしかはじまっていないのだよ、とも。

キミがその瞬間に選択した行動は、「愛」からなのか、「不安」からなのか。

ダンナを抱きしめるワタクシの行動はワタクシの「愛」が、地震で泣き出すムスメを抱きしめるのもワタクシの「愛」がそうさせている。そこから発せられた考えや行動には、悩むことなど何もない。

仕事もそうだ。この人と一緒に仕事をしたい、という「愛」から生まれる行動には躊躇も悩むことも何ひとつない。ただ、少しでも力になれるのなら。それだけだ。

ワタクシは書き込みながら、自分に言い聞かせている。そして、読んでくれているある特定の人たちに伝えている。ひるむな。限界をつくるな。そして、甘ったれるな。

仕事で「必要とされない」ということはない。「必要とされる人間になろう」と努力をしなかったあなたたちにも一因があるのではないのか。

今、あなたを支配している考え方、行動はどっちから発せられている?

愛か、不安か。

あ、もうすぐホームページリニューアル。


 

わかる、ということ。

先日から、活字欠乏症らしき症状が出はじめ、えんぴつが走らなくなった。「モノ書き」が職業ではないので、ノリノリにならないと書けないタイプ。この症状があらわれると、致命傷である。

机の上の整理とか、引き出しの掃除が始まっちゃうんだよなぁ。

今、ホームページのリニューアルを必死こいてやっているのだが、ワタクシの原稿は、まぁ、ひどい。ホームページを作成してくださっているとあるメーカーさんに、ワタクシのレイアウトや殴り書き文章をそのままFAXし、写真はメールで送り、「あとはよろしくお願いいたします。」

打ち合わせは、かなり綿密だ。八木澤商店が、「何を売りたいか」ではなく、「ホームページ上で何をしたいのか」を捉えようとしている。

正直、ホームページ上で売上げをのばしたい、という気はいまのところなく、「おもしろいね、ここ。」と言われるほうが、ワタクシとしては嬉しい。今まで、ここでお買い物をしてくださったお客様は、八木澤商店が「なにかをしようとしている」ことを「わかって」くださって、その上で商品を買ってくださっている方なのでしょう。

本当にありがとうございます。

ただ、お客様からは「商品、どこに載せているの?」という問合せがあり、あぁ、思いをわかってくださったお客様が商品を購入しようとしたのに、迷子になっちゃったのね。お客様とつながっていくには、一方的ではダメなのねぇ・・・とリニューアルをかけることにしました。

そして、今、頭から煙をだしながら、作成中。そして、久しぶりに本を読んだ。カラダが栄養不足でガタがくるのと同じように、ワタクシの頭とココロと手先(?)が栄養(活字)不足で、ひたすら読んだ。

そのときの健康状態といおうか、ココロの状態で、手にとる本は決まる。

ニール・ドナルド・ウォルシュの「神との対話」1・2・3

池田晶子の「14歳の君へ どう考えどう生きるか」「知ることより考えること」「残酷人生論」

あらためて買った本はないが、本棚から選ばれたこれらは、なんだかワタクシの今のココロの迷いを取り払うべく、選ばれた面々だな。

ホームページ構築にあたり、担当のSさんと新人のTさんは一生懸命、八木澤商店を、ワタクシをわかろうと努力してくれている。「あの原稿の書き方は、ちょっと・・・。」とは思っているかもしれないが。仕事をしていく上で、ワタクシひとりで、ということはゼッタイにありえない。だから、相手をわかり、ワタクシがこういう思いで仕事をしている・・・というのを(ある程度)わかってもらい、その人たちと仕事をしていく。

「今の仕事がつらい」のはなぜか。

「孤独だ」と思うのはなぜか。

「自分で目標をたてるより、○×をやってね、といわれるほうがラク。」それがいいのか。

「あまり考えないようにしている。」それで充実感はあるのか。

ワタクシ自身は、ここにはいない。ただ、「人生とはなにか、生きるとは、何のために生まれ、何のために生きるのか・・・・・」哲学的な疑問を持ちはじめ、それを考える扉を開けてしまった。答えはいまだに言葉で説明できない。わからない。答えがでない。でも、仕事や毎日の生活の小さな悩みを通り越して、その悩みの根幹にたどり着いたような気がして、実はホッとしている。

悩んでいると、「答えを知っているはずだよ。」と言われるその意味も、説明できないけど、わかる。

ココロが折れそうになるとき、「なにも聞かないで『大丈夫だよ』と言ってください」とお願いすることがある。その言葉を発するその人が「なんで?」と思っても、それはそれで、いい。

そのときのワタクシにとって、その人から発せられる「大丈夫」という言葉がどれほど大切なもので、その言葉をきいたワタクシのココロがどれだけ回復するかを、ワタクシ自身がわかっているから。

「わかる」とはどういうことなんだろう。自分とはなんだ?なんのために仕事をしているんだ、今の自分を、仕事を、自分の役割を、自分がどれだけ必要とされているかを・・・「わかる」。

・・・そうか、考えているから最近ワタクシ、静かなんだな。最初はその本がおもしろいか否かでいい。そこに書かれている字面で「なにを考えたか」である。

答えは出たかい?それとも、「あぁ、読んじゃった・・・。」と後悔しているかい、里沙ちゃん。


 

ありがとうね。

今日は会社を休みました。病気でもないし、サボリでもございません、断っておきますが。

まったりと過ごしながら気まぐれに浮かんでくる、いろんなこと。

いろんな病気を抱え、ご飯もロクにのどを通らないのに、必死で仕事しているエミちゃんから電話。

「ヤーコン冷麺、おいしかったよ。なにも食べられないけど、あれならおいしくて食べられる。」電話をすれば、必ず2時間以上の長電話。会えない時間を埋めるように、あれもこれも、と喋るワタクシたち。

エミちゃんから元気をもらって翌日からガンバルワタクシ。

数日後、また電話。

「同封されてたレシピ通りにお肉とコチュジャンを合わせたらさぁ、もっとおいしかった。だから、暑中お見舞いで△◎さんに送る。」

なんか、泣けてきた。ありがとうね。

同級生が帰省し、「帰ってきたよぉ。」と電話。おいしい桃をおみやげに「息子たちを置いてきぼりにしてきたから、ゴメン!!すぐ帰る!またこんどね。」と走り去る彼女。

仕事も恋も結婚も、お互い無我夢中で突っ走った数年間。あのときはたしかに無謀だったかも・・・とテレビドラマよりドラマチックだった時を思い出す時、違う場所で同じような思いをして過ごしていた彼女が必ず脳裏をよぎる。

ねぇ、今の幸せ、なんかじーんと沁みるよね。あなたが元気でいてくれると、ワタクシも嬉しい。桃はダンナとワタクシの口にはひとかけらも入らず、すべてムスメが・・・。

ありがとうね。

友だちとハナシをしていたら、なぜか大学時代を思い出した。図書館で夢中で本を読みあさっていた頃と、日曜日の夕暮れ時を。ぎゅうっと切なくなった。たぶん、人生でいちばん眠らなくて、遊んで、生意気で、本を読んだ時間。

そんないろんなことを経て、ワタクシは「こうありたい自分」に近づいているのかな。

さぁ、ムスメのおむかえに行かなくちゃ。夕飯は何にしようかな。

「毎日大丈夫って言ってあげるから。」

毎日言わなくていい。それだけでいい。本当にありがとうね。


 

夢が叶うってこと。

ムスメが「ゴクウが見たい。」というので、西遊記をかりてくる。

「夢の国」というお題で、「夢が叶う寺」で眠ると夢が叶っちゃう、そんなハナシ。まぁ、その夢っていうのが「歩けなくなった者が歩けるようになる」とか、「若き日の美貌を取り戻す」とかそんな内容だったけど、ダンナは「僕は(サーフィンが)バリバリに楽しくて、どんな波でも乗りこなせた30代前半のころの夢を見たい」と言った。「そのころはなんでも思い通りで、天狗だったんだ。」とも。ワタクシは「いつの、どんな夢をみるんだろう・・・。」と思っていた矢先。

「キミはお母さんが生きていた頃の夢を見るよね、きっと。」そうね。きっとそう。それも、母が吐血する前の日、めずらしく電話が長かった日のことを。

大学を卒業してから地元には帰らず、両親より、当時つきあっていた彼との時間を選んだ。仕事もそのために選んだようなもの。母はそれをわかっていて、「(地元に)帰ってこなくてもいいから、ちゃんと紹介してよ。」それを電話の向こうで延々と繰り返す。そして翌日、吐血して救急車で運ばれ、起き上がることなく、数日で亡くなった。

母は、当時ワタクシがつきあっていた彼の名前を知らずに逝った。職業は教えたっけ?出身はどこで、ご両親はこういう方で・・・どこまで知って逝ってしまったのだろう。ほとんど知らないのかも。「お母さんが生きていたころの夢を見るってことは、僕と知り合っていない、ってことだねぇ・・・。」ダンナがしみじみ言う。こら、あなたのバリバリの30代前半だって、当然知り合ってませんけど。

亡くなって数日後、彼に「もう忘れなさい。お母さんが亡くなったことは。」と言われたことを、ワタクシは執拗に覚えている。そのとき、口にしなかったけど、「あぁ、ワタクシはこの人との結婚はないし、これから先の付き合いもないなぁ。」となんとなく考えたら、本当に終わってしまった。なかなか会えなくても、愛する人が生きていることは、大きな支え。ダンナもなぜか八木澤商店の故会長に恋い焦がれ、なにかの「支え」としていたようだ。

時間がたって、悲しみが懐かしさにかわり、「母だったらこんなときどうするのかしら・・・。」って思うときがしばしば。「忘れる」なんてことはないよ。ただ、じわーっとなにかがこみ上げてきて、ぎゅうっとしたいっていうか、表現できない不思議なカンジ。「悲しい」時間が経つと、ワタクシのなかではそんなカンジになるの、付き合っていた彼にはわからなかったんだね。

母のことは本当に好きだった。今でももちろん大好き。夢が叶う寺でみるワタクシの夢は、「この人と結婚して名前は◎△さん、ムスメを授かり、名前は『ひかり』と。名前の由来は『すべてのモノのはじまりは愛。その愛から発せられるのがひかり。暗闇を照らし、希望や勇気を与えられる人になってほしい』そんなカンジでつけました。仕事も充実。でもあなたに似て、肺を患っちゃいました。」ってなことを延々と母に教えたいの。でもこの夢は叶わないでしょう。ゴクウにでてくるような「夢が叶う寺」もないし、毎晩みる夢にも母は現れないし。誰かの夢に登場してお茶でも飲みながらおしゃべりしているのかしら。「あんたの夢に現れる暇がないのよ。」なんて。ワタクシの夢に現れたら、いつもの睡眠時間では話し足りないな、きっと。

「将来の夢」じゃない夢。叶うことはないけど、ぎゅうっとしたいんだよね、なにかを、すごく。


 

「大丈夫」ですよぉ。

いよいよ夏らしくなってきて、暑さがカラダに効きはじめているこのごろ、去年より動きが鈍く、思考も酸素不足のせいか、イマイチ。

このブログを読んで、「オイオイ黒まめが体調悪いらしいぞ」なんてハナシが飛びかい、みなさまにご心配とご迷惑をおかけしているらしい。誠に申し訳ございません。ブログって、けっこう影響力あるのね。八木澤商店の中で、ワタクシ黒まめが酢・・・もとい、素の部分をあけっぴろげにする唯一の場所ですから(←しなくてもいいんですけどね)、思ったこと、言いたいこと書き込んでいたら、読んでくださっている方の中には、元気になったり、ブルーになったり・・・。ホントにゴメンナサイ。

ホントのところ、ワタクシ黒まめ、気持ちは元気。しかし、カラダがついていかん。トホホ。「じゃぁ、なんでそんなにムキになって仕事をするの?キミは自分のカラダと相談しないの?(←ダンナ)」って言われるけど、自分が抱えている仕事に追われて死にそー・・・ってな訳ではないの。

今、目の前で、ひとりの人間が大きく成長しようとしている瞬間をまざまざと見せ付けられているのだ。目が離せない。青虫がサナギになって、やがて成虫になろうとしている最中。サナギの期間はまだまだ長いかもしれないが、思春期を迎え、やがて大人になるのとは別に、「仕事」というものに対し、こんなにも純粋でひたむきだと、いろんな経験を重ねた「やがてある時」のこの人は、どんな風になっているのだろう、とドキドキされられるのだ。

お中元商戦に突入した8月。日曜日もひとりでお店を切り盛りしている。「忙しくなってきたけど、明日手伝おうか?」といっても「大丈夫です。黒まめさんは、きちんと休んでください。忙しそうですけど、なんだか楽しみで、なんか楽しくて・・・。黒まめさんはちゃんと休んでください(怒)!!」

そうなのだ。ワタクシはきちんと体調を整えて、彼女の指導にも、お店の手伝いにもあたらなければならないのだ。「体調悪くしておきながら、なにをほざいてる!とっととカラダをなおせぃ!!」って思われているかも・・・(汗)。

新入社員もそうだが、いわゆる「若い子たち」は、たとえば「もっと○×食べない?」と聞くと「大丈夫です」と答える。それは「もう結構です」の意味なのだが、そういう使い方は好きではないけれど、背中を押してくれるような、支えてもらっているような感覚でいう「大丈夫」は大好き。

以前、「あんたの立場ならウソでも『大丈夫』だと言い続けろ!!」とある人に言い続けたが、その人は「大丈夫だ」と言われる立場を理解できなかったらしい。「大丈夫」と口にするその人に「大丈夫」というその根拠・自信がなければ確かに言えないもんね。

ワタクシが「大丈夫」って言ったら、誰かが元気になったり、安心したりするのかしら。

「大丈夫。ワタクシがついてる!」・・・でどうなのよ。


 

7月のいろんなこと。

お盆を前に、7月をいちど清算しよう。先月はなにがあった?はて・・・?

工場見学のお客様たくさんいらっしゃる。ホームページ入稿(その割には埋まってないなぁ)。会議、会議、会議。新聞折り込みにて、地元のお中元商戦本格的に始まる。大きなイベントに参加し、てんやわんやの7月(←正直、主催者側がまったくやる気ナシの企画なので、参加したメーカーは大ブーイングだった。もち、八木澤も)。新入社員のひとりが、7月半ばで退職。

新入社員が「やめたい」と告げたとき、教育係のM美は、かなり動揺した。自分の教え方が悪かったのか、意思の疎通が図れず、ストレスを与えていたのではないか・・・と、かなり悩んだようだ。そんなとき、上司として言えることは「仕方がないね。」のひと言。「ただ、やめるその日まで、『どうせやめるから』なんて気を抜かないで、最後まで一生懸命教えなさい。『やめないで、みんなで頑張ろう』なんて引き止めることはしないから・・・。」と告げる。これをなんて薄情な・・・!ととるか、かわいそうな子・・・ととるかは人それぞれだが、辞めたい理由を聞いたとき、ちょっとガッカリして、M美を孤独にすることだけは避けたかったのだ。

人を育てる時って、自分も育っていくのね。ムスメを育てながら、ワタクシも育っているのかしら?まぁ、それはいい。次の仕事場で一生懸命働いていることを聞いたとき、M美は「あぁ、よかったです・・・。」とホッとしていた。自分の伝えたことがひとつでも次の仕事の役に立っていたらいいね。

そして、8月。お中元商戦真っ只中。お盆を目前に、急にあわただしくなってきた。M美もワタクシもお盆期間中はお店でひたすら「いらっしゃいませぇ。」とパタパタしているだろう。目にみえるようだわ。去年もすごかったから。その期間は営業部が当番制で急な配達や商品手配を手伝ってくれる(はず)。ただ、あるのよねぇ、ジンクスって言うの?営業部の刈谷さんが当番の時は必ず、必ず、ゼッタイ忙しいってことが。去年の暮れ30日も朝8時に来て、30分で帰るはずだったのに、家に着いたのは夜の7時。ナゼ?刈谷さん、あん時も当番だったよねぇ。おまけにM美は1時間遅刻するし(怒)(←なんか今ごろ腹が立ってきたわ)。

今年のお盆は15日が当番ですか・・・。どうか、なにごともありませんように。


 

メル友??GO様より。

GO様から久々のお写真を。ありがとうございます。それも心動かされる写真ばかり。うぅぅ・・・(泣)。

上の写真は岩手山。きれいですね。下は安比高原スキー場。

あぁ、ワタクシはスキー場から姿を消して何年たつかしら。去年は「今シーズンこそ復帰を!!」なんて一生懸命板を磨いたけど、カラダがついていかず、断念。GO様からの写真をみるたび、メラメラと燃え滾るもの(←なにが??)が・・・。

ココロが健全でいられるのは、カラダが健全でなければならない。頭ではわかっているのに、つくづく思い知らされている今日この頃。GO様、ワタクシ元気になります。いつかどこかのゲレンデでお会いしましょう(・・・そうそうワタクシ、ゲレンデではなくて、バックカントリーでございました)。

何年前のことかしら、ムスメを橇にのせて夢中になって滑っていたら、滑走途中に(ムスメを)落っことしていたのに気付かず、係員に「おかあちゃんよぉぅ、ムスメ、あそこで泣いてるぞぉ!」と、遠くで米粒みたいに小さく見えるムスメを指さされたこともあったな、そういえば(しみじみ・・・)。


 

終わっちゃうけど、Go!Beijing!なのだ。

メル友??GO様から贈り物が。

ムスメへのプレゼントとのこと。ありがとうございます。あぁっ!大変なことに気付いた。ワタクシ、マスコットの名前がわからない。なんでしたっけ?ワタクシはわからないけど、ムスメは意外に知ってるかも。競技人口が少ないからと、次回ロンドンから姿を消す野球とソフトボール。たしかに、ソフトボールは米国強すぎだよな・・・と思っていた矢先に日本金メダル。気持ちいいじゃございませんか。メダル確実といわれた選手のつまづき、予想にもあげられなかった選手の活躍。いいのだ、メダルとろうがとるまいが。どっちでも。メダル云々とマスコミが大騒ぎする中で、オリンピックへの思いや執念は選手ひとりひとり違うものだし、そのために4年間を費やすエネルギーは、ワタクシ凡人にはなにも言えない。中国の陸上選手で棄権した人の誹謗中傷はすごかったね。あんなに大げさではなくても、今の日本のマスコミのあり方だと、ちょっと同感・・・っておもうこと、日本でもあるかもね。練習よりコマーシャルなんかに出て稼いでいるからだ!・・・なんて、すんごい露骨。ただ、開会式は長かったなぁ。最後、どんなだったかわかんない(←寝てしまった)。中国4000年の歴史は永すぎるってことか?

GO様、オリンピックご覧になってましたか?ムスメは「北島康介カッコイー。」そればっかりです。親バカパパは、「よし、ロンドンの次の次は、水泳で勝負だ!!」ってなことを吼えております。ムスメはやっと平泳ぎできるようになったばかりですって・・・。

「ロンドンの次の次だったら南アフリカの可能性もあるよな・・・。よし、応援をかねて社員旅行組むか!!??(←社員)」ケチケチビンボー沖縄旅行が終わったばかりです。カンタンにいわないでください。もし、本当にムスメがオリンピックに行くことになったら、親の旅費はどうなる??!!(←本当にアホな両親ね。)よし、最後の頼みの綱はサクライさんか?GO様、一緒にいかがです?

GO!・・・ロンドンの次の次はどこ??!!


 

Mくん、ここです、ここ。

Mくん、ここだよ、ここ。八木澤商店のホームページ(ブログ)は。「八木澤商店」で検索すると、ケータイからでも見られちゃう。いつの間にか、「八木澤商店」検索で「いの一番(←こんな表現、いまの若い子になんですか?って言われるかも・・・)」にこのホームページが登場するようになったのね。すごいわ、ワタクシ(←スマン、すごいのはワタクシではなくて、『八木澤商店』だったね)。今日は同行ありがとう。助かったよ。おまけにキミのハナシは最高におもしろかった。「おもしろおかしい」って意味ではありません。

キミの歩んできた人生が「ただのアホの悪ガキ」ではなかったことを知って。ちょっと涙がでそうだった。「おんなじニオイ」がしたのもそのせいかなぁ(←ワタクシはキミのような人生は送ってませんし、送れませんけど)。その分、いま真面目になったのかしら。ワタクシは仕事中は「しゃべりまくる」スイッチが入るので、なんでもツッコんでハナシをおもしろくしようとしてしまうけど、だからといって四六時中ふざけているわけではないのだよ。キミのハナシはちゃんと真面目に受け止めました。ワタクシのハナシもおもしろかったでしょ。けっこう、いろんな経験をしていて。ふん。

キミとはふかーく関わって、おもしろい、楽しい仕事がしたいなぁ、と思いました。いろんな経験をしてきた人って、人間そのものがおもしろい。キミはまさにそれだな。納品の際に走っている姿はカッコよかったぞ。今じゃ佐〇急便のお兄さんだって走らないもんね。でも、「グダグダうるせぇ、俺がやる」っていう、売られたケンカは買う方式の仕事はやめよう。そんなもので得るモノはなんにもない。ほんとにない。キミが「文句も言わずに必死で仕事している」評価は得られても、相手はなにも考えず、なんにもしなくなるからね。どんなことも、どんなひともイヤだと思わない、敵だとおもわないこと。っていうか、問題にもしないこと。お互い(←キミだけではない、ワタクシもだ)に「すべてを歓迎する」くらいの余裕を持とう。「どんな行動でも止めるのは、新しく違う自分になりたいと思った時」って本に書いてあった。キミの人生で大きな転換期が何度かあって、「今のままではダメだ」って、まさにそのとおり、変わってきたよね。一生やっていきたいと思った仕事を、カラダがいうこときかずに泣く泣く(?)あきらめたキミには、もう一回「ずっとやっていきたい仕事」が見つかることを願っています。

そうそう、ワタクシがなんで今の仕事を続けているかご存知?ワタクシは単純ですよ。仕事そのものがすき。関わりたい人たちがたくさんいる。そんで、「大丈夫」という言葉に安心して仕事にとりかかれるから。Mくんよ、今のワタクシはこれがすべてだ。ほかにはなんにもない。

だから(←だからってなんだよ)、はやくどうにかして、なんとかして腰痛なおしてよ。


 

8月のいろんなこと。

きた、カッパが。

・・・といっても、取材は7月31日だったような気がする。地元岩手民放番組が取材にやってきた。写真右から2番目の茶系の服を着ているのが「カッパ」こと、奥村奈穂美アナウンサー。ものすごい勢いで「しゃべりまくり」、「なんか、オレの出番がなかった・・・。」と、八木澤のあの社長が嘆くほど。

写真右は、故会長夫人、律子奥様。元気です。カッパに変身の曾孫となかよくパチリ。ゆきのは相変わらず、カメラを意識せず。ママに怒られるよ。「もっとかわいく写ってよぉ(泣)!」って(←十分、かわいいけどね)。

散歩。

8月3日の日曜日。いい天気でした。書類作成が詰まりにつまって、泣く泣く会社に。ムスメを連れてきていたので、仕事に飽きて(←オイオイ)、ちょっと散歩にでかけました。写真はどこかの庭先に咲いていたノウゼンカズラ。ワタクシがいちばん好きな花(木?)でございます。株分かれで増えていく花で、昔、庭にテキトーにさしたら、増えて増えて。父が大事にしていた松にからまり、松、瀕死の状態に。いやぁ、怒られたのなんのって。ちょっと湿度が高いかな・・・っていうムンとした暑い日にノウゼンカズラの綺麗なオレンジ色を見ると、海、波乗り、バーベキュー、墓参り、夏休み・・・夏のいろんなことが頭の中をぐるぐるかけめぐる。

写真上は諏訪神社の階段。ムスメはなにがあるのかしらと嬉々として上っていたが、なんとため息のでる風景ですこと。

境内には、本殿と狛犬2体のみ。あとはなんにもない。「ここであそんでもいいですか?」とムスメが本殿に向かって手をあわせているのを聞いて、小声で「いいですよぉ。」と声色をかえて隣で返事をするアホなワタクシ。撮りながら気付いた。ムスメよ、その白い服、下着ではないか・・・。

帰りは「ママ、はやく。」ムリです。ママはものすごい運動不足で(しちゃいけないのだが)、膝が笑ってるんでございます。

この日、「なんかいいこと」があったような気がする。それがなにか、思い出せない。でもいいことがあった。すごく、幸せな気分で家路についた。なんだっけ・・・。

ムスメ、脳みそフル回転中?

異性人との交信や新しい文字でもない。ムスメが一生懸命「1、2、3・・・。」と数字を書いていた。思うに、14まではなんとなくわかる。おそらく「15」で挫折。もう、なんてかわいいんだ(←親バカ)!ワタクシの知らないあいだに、ムスメは自分の名前以外の文字が書けるようになり、数字も少しずつ書けるようになっている。絵もだんだん(人は)人間らしくなってきた。猫はいまだに「タコ?」だが。最近ワタクシはことさら感動しやすいので、成長の過程を実感すると涙がでそうだ。「15」から先はゆっくりでいいから、書けるようになろうね。

8月後半になったら、体調が落ちついてきて、K子ちゃん曰く「怒濤のごときブログ更新ですね・・・。」そうなんです。体調が(わりと)イイってのは、顕著にあらわれるものですね。あ、K子ちゃん、おめでとう。見積りよろしく、引き継ぎよろしく。八木澤商店の仕事は締め切り1週間前から「地獄の強化合宿」がはじまることを必ず伝えてね。

一昨年の暮れから苦しんできたカラダに翻弄されっぱなしのワタクシ。落ち着いてきたら、「なんかいいことありそうな気がする(←ホント、単純なのである)。」


 

8月のいろんなこと、その2。

あるよね、まだまだ。

毎年恒例 気仙町けんか七夕。

今年もやりましたよ、「気仙町けんか七夕」。いいねぇ、いい大人がバカになるの。いろんなところのお祭りで、度を越えた行儀の悪いオトナがいるけど、「バカ騒ぎ」をするって、そういうことじゃないでしょ。飲んでイイ気分になっている(けんか七夕の)奴らは、そういうことはしません。そこがエライ(←何様だ、ワタクシ?)。最近の傾向として、あちこちの大学生が「町おこし」なんだか「地元学」なんだかで、授業(研修)がてら、「けんか七夕」に参加しに来る。お祭りを観るだけじゃなくて、準備から参加。今年はどこかの大学から10数名女子大生が研修に来たもんだから、男たちはまぁニコニコしながら働く、働く・・・。だからか、ビールの売上げがすこぶる良かったのは・・・?

ツカちゃん。

この人、「ツカちゃん」。去年、「けんか七夕」に参加してホレにホレてしまって「気仙町けんか七夕同好会」みたいなのをつくって、今年もやってきた。去年はユースホステルに滞在して、昼は八木澤商店でめいっぱい働いて、夜は七夕の山車づくりの手伝いを。お別れの日には、一緒に山車をつくった人たちひとりひとりにお手紙を書いてくれて、みんな号泣。今年も来てくれてありがとう。みんなに「ママ」と呼ばれて、一生懸命働いていたっけ。来年も待ってるぞ。

先生、これも仕事よ。

かわいらしい女子大生を引き連れてきた、とある大学の先生。最初、どれが先生だかわかんなかった。みんな、かわいらしくて。注がれたビールを飲むのも「けんか七夕」の仕事のひとつ。言葉ではない「なにか」で人と交わること、酒の席でも大事。ただの「飲めや、歌えや」だけではないから。なにか学びました?「地域おこし」なんて、言葉では計りしれない人とのつながり、「けんか七夕」だけでつながっているわけではないということ。

●おめでとう、成人式。

醤油分析のナオちゃん、祝・成人(式)。「成人式をむかえることができました。」と挨拶に来る。エライなぁ。社長と一緒に撮ったのだが、はて、去年M美と社長の写真撮ったっけ・・・?と考えていたら、それを察知したM美、「去年、社長はお昼ごはん食べてて、一緒に撮ってくれなかった。」とボヤいた。社長、「そ・・・そうだっけ??」とうろたえるも、ワタクシも思い出した。ごはん口いっぱいにかっこんで食べていた社長の姿を。

暦はまもなく秋ですね。なんか、今日の天気、「残暑とってもキビシー折、ご自愛くださいませ」ってカンジです。あぢー。


 

幸せになるために。

ちょっとめずらしくいろんなハナシをして、賑やかな夕ごはん。ムスメがにこにこしながら「幸せ〜。」といい、ごはんをかっこんだ。4歳にして人生を悟ったような言いぐさ。ダンナ、思わずムスメに「どんなときが幸せなの?」ときいた。

「パパが疲れてなくて、ママの胸が痛くないとき。パパもママも元気でニコニコしてるとき。」

「幸せ」ってなんだろう。「幸せ」の感じ方は人それぞれ。今おかれている環境や、育ってきた環境でも異なるし。お金がたくさんあること、ほしいモノが手に入ったとき、美味しいモノを食べたとき、朝目覚めて「今日も生きている」って思ったとき、夕焼けを美しいと感じたとき、人並みに収入があって、普通に暮らせること、今日もごはんが食べられること、戦争のないこと、平和なこと・・・。

ムスメのいう「幸せ」は、自分のことじゃなかった。ダンナとワタクシが笑っていることだった。ムスメはときどきこういう大人も真っ青の哲学的なことをサラリと言ってのけるが、後で同じ質問をすると同じ答えが返ってくるとは限らない。忘れてしまっているのか、はたまた降臨していたか?後片付けをしながら、自問自答してみる。「どんなときが幸せ?」

みんなが幸せなとき。

自分が幸せであるためには、まわりの人が「幸せ」でないと自分にも幸せはやってこないような気がする。それはいつでも、どこでも、だれが隣にいても、たとえどんな状況でも、だ。自分と関わったすべての人が幸せでいてくれたら、それがワタクシの幸せ。関わった人だけじゃない、『みんな』。特定の宗教を信仰しているわけではないが、ある言葉がふと浮かぶ。

「汝の隣人を愛せよ。」

隣人は自分に一番ちかい存在の人。どこでも、だれがいても、どんな状況でも=家にいるときでも、遊んでいるときでも、仕事のときでも、どんなときも=「隣人を愛す」。自分と波長が合う人ばかりがまわりにいるわけじゃない。そのときはやっぱり、多少なりともストレスがあるだろう。「愛せよ、なんてムリ。」ワタクシは最初、そうだった。ダンナはしきりにワタクシの感情の激しさが仕事や子育てに(あまりよくないであろう)影響を及ぼしていることを心配する。

ダンナはワタクシがムスメを叱るとき、幸せじゃないという。なぜムスメは叱られることをするのか、叱られることをしたのだから仕方ない、でもなぜこんなに妻は声を荒げるのだろう・・・、いろんな感情がごちゃごちゃになって、実に不愉快になるのだという。叱られているムスメも幸せじゃないだろう。それを聞いているダンナはたしかにイイ気分はしないだろうな。ワタクシだってそうだもの。ほかの人は「子どもをしかるときに、いちいち幸せ、不幸せ感じてない」って思うかもしれない。でも、無意識の、そういう積み重ねが「幸せ」を大きくしたり、小さくしたりしていくのかもしれない。ワタクシが考える「みんなが幸せなとき」のいちばん小さい単位(←そんなのないだろうけど)、そういうところからはじまるのかなぁ・・・って。

仕事のときもそう。悩んだり、不満を抱えている人たちがまわりにいたら、「幸せ」って感じながら仕事はできない。仕事内容のこと、お給料のこと、人間関係のこと、これからのこと・・・。ストレスは大なり小なり抱えていても楽しく仕事ができる環境を整えていく努力を互いにしないと、いつまでたっても幸せにはなれないし、ワタクシにも幸せはない。・・・・・と思っている。ワタクシの考えはあくまでもワタクシの考えであって、正しい、正しくないの判断基準ではない。

・・・さて。読んでくれていることを願って。気になりますか?8月27日に書き込みをやめた内容が。書きたかったことは山のようにあった、そのときは。でも、いっぱいありすぎてまとまらなかったし、ハナシのオチは突き詰めていったらこんなカンジかな・・・と。

言葉って魂が宿る、ってワタクシは思ってます。だから発した言葉は人を勇気づけもするし、相手が死にたくなるほど傷つけるときもあるのでしょう。そして、その言葉は宇宙のどっかにある鏡で反射して自分に帰ってくる、とワタクシは勝手に想像して勝手に信じています。だから、すごく言葉には敏感です。不平、不満を口にしたら、それは必ず自分にかえってくる、そう思っているので、できるだけ言わない努力をしています。そんなつまんない人間にもなりたくないし。言いたいことがあるときは言いますし、訊きます。グチではない、「本当のことを知るために。」

「幸せになる」環境を自分のココロのあり方から、まわりから整備していくことをそろそろはじめてもいいのではないかと。一気には変わらないかもしれないけど。前にも書き込みましたが「どんな行動でも止めるのは、新しく違う自分になりたいと思ったとき。」気づく機会がどのようにやってくるかはその人によって違うし、もしかしたら気づく機会がやってこないかもしれない。それは「変わりたい」っていう思いがまったくないか、自分以外の人(もの)のせいにしているか、思いが足りないから素通りしていくと思うの。グチをいう(考える)自分を変えて、まわりの変わらない環境を「すべて受け入れて」から、整備していくの。どうでしょう?これを読んでワケがわからなくなったら、いつでも説明します。

とある人に「幸せとは?3分以内に述べよ。」と質問して半泣きになったヤツが。でも、本当に3分以内で答えてきた。「楽しく笑って仕事できる」ことも幸せのうちにはいっているらしい。そうだよな。今はその通りになっているかな?そうだったら、ワタクシも幸せです。ごめんよ、その際はありがとうね。これを書き込むのに、けっこう日にちがかかってしまった。いっぱい、いっぱい考えたのに、書き込む内容がこれしかない。たはー。薄っぺらなんだな、ワタクシ。それじゃぁと、ムスメに再度質問。「どうして幸せなの?」

「ひかねぇ、パパとママが大好きだから、幸せなのぉ。」

・・・今度は違う誰かが降臨したな。


 

そう、それが言いたかったの。

9月2日、3日の2日間、講習を受けてきました。○×△主催(←全然、おぼえていない)の、『食品マーケティング△×○(←本当に受けてきたんですよ)セミナー』っていう、研修会とでもいうんでしょうか。

そのなかで、強烈に覚えていること。その先生は「理論深度」という言葉を使っていました。シンプルな言葉の裏にどれだけの情報があるか、というもの。

できる限り多くを語るのではなく、語る前の思考が大切。その言葉の深さや意味は、捨てられたモノ(情報)がどれだけ多いか、ということを指す「理論深度」。これって、キャッチコピーやボディコピーと呼ばれる言葉には、どれだけの思いと情報が包まれて、消費者や広告をみている人の心に入っていくかを意味するものでしょう。

マーケティングだけではないよね。人間もそう。あの人が言うと重みがあることも、別の人がおんなじことを言うと「???」ってなときが多々ある。それって、人間の深さ?

その人がどんな年月を重ねてきたかで違う「言葉の重み」。おんなじことを著名人や「先生」と呼ばれる人が語るとみんな頷く世の中。この食品セミナーで気付いたのは、売り方のノウハウは別として、考え方の基本はすべて、ダンナにいつも言われていたことだった。あのときはこう言っていたな、このときはこう言っていた・・・。そんな思いがあちこちに飛び出してくる2日間だった。

ダンナと会話していつも思ってたのに、なかなかピンとくる言葉が捜せなかった。「理論深度」。今回の講習でおぼえたこと。「いつも会話して思ってたこと、その言葉の裏にはたくさんの思いが捨てられて(のっかっていて)、いつでも誰にでも愛のある言葉を口にしていたんだね。」

そう、それが言いたかったの。


 

待ってました。

待ってました。やっと声をあげたんだね。ちょーウレシー。超・ちょーウレシー。ひとつひとつ部下の不安を取り除いてあげてください。それができるのはアナタでしょうから。言葉にだして指示をしなくても、アナタの仕事ぶりをみてきた部下がついていくことは明らかですから。なんでかな、ちょーウレシー。

「皆さんの力になってるなら嬉しいです。たまに自分は皆さんの力になっているのかな?って思う事あるので。」こういってくれているのは、アナタの部下です。アナタの部下ですよぉ!知ってましたかぁ!?アナタを慕って、アナタが「(契約の)1年ガンバッテくれ」って言ったから頑張っているんですよ。カラダにムチ打って。露骨に、あからさまに言葉にしなくても、アナタにひと言声をかけてもらえただけで頑張るヤツがいること、(わかっていたかも知れないけど)もっと感じてください。アナタ(ワタクシもですが)の仕事のひとつに、「部下を守り育てる」ことがあります。アナタはできるでしょう。いま現に部下がアナタの背中を見ているから。そんでもって、上司を支えられるのもアナタしかいないでしょう。ついでにいうなら、そう、その通り!悩みは給料なんかの数字をならべた「損得勘定」ではない、ココロのあり方でしたよ、ココロ。「本当のことがわからない。」アナタのいうとおり、大正解。

正直、アナタもワタクシも、「本当のこと」がどれだけわかっているかと問われたら、答えられないね。ふぬぬぬ・・・。

でも。もともと、あれこれ言うタイプではないことを承知でお願いを。

みんな、待ってます。アナタが声にだして自分たちを守ってくれることを。いろんなことから。わがままですね。でもそんなもんです。同じ仕事をしていても、アナタの立ち位置はそこです。みんなと同等の立場ではないのです。その中で彼らは成長していきたいと願っているのです。

・・・って書き込んで気づいた。アナタ、これ読んでいないんだったね。よし、直談判。でもねぇ、アナタの部下にはこのブログの愛(?)読者、いるんですよぉ。病気で動けないとき、布団の中でウンウン唸って読んでくれていたらしいから(キミだよ、キミ!)。読者がついたからにはおもしろくしなければ(←ウソ、ムリ)!数年前に「乗り切れないかもしれない夏」を乗り切った同志よ、ワタクシの当面の目標は、もう一回アナタに(企画商戦)「おもしろかったなぁ。」って言わせてやる。むん!


 

あやしい・・・。

ダンナが異常にやさしい。とってもやさしい。「???」ってなくらいやさしい。この間、靴を新調した。ちょっと、いや、かなり高かった。ワタクシは足が小さいので、セミオーダーでなければぴったりした靴がない。なんて高上がりなんだ!!でも「いいよ、ボクが払うよ。いつもありがとう。」

なんだ、なんだなんだ?どうした?大好きなアウトドアブランドメーカーの雨ガッパを上下で買った。これも高かった。「いいよ、ボクが払うよ。いつもありがとう。」

・・・あやしい。・・・と思って3日後、ピンクのサーフボードが届いた。

「・・・これ、何?」

「・・・見てのとおり、波乗りの板でございます(満面の笑顔)。」

たぶん、ウェットスーツも、サーフィンに必要なモノ一式、新調したんだろうな。そのうち届くんだろうよ、ワタクシに内緒で(怒)。ちくしょー、靴と雨ガッパだけじゃ足りん!!パタゴニア製品内緒で注文するぞ!!


 

ちっ、めんどくせぇ。でも、やる。

昨日、食事会(飲み会)をしました。なんでこの面子?ってなメンバーで、けっこうオモシロかった。カラダに酒を入れられないので(泣)、コース料理とケーキ2個とジュースで延々話して6時間半。それもおんなじ場所で。そしてすごいこと発見。ワタクシ以外の3人(←あ、4人で食事)の口グセがおんなじ。

「ちっ、めんどくせー。」

ワタクシもときどき言いそうになるこの言葉。彼らは使う。本気でも、冗談でも。もちろん、悪いようには受け止めませんでしたわよ。よぉくわかってますから。「ちっ、めんどくせー。」そのあとの彼らの仕事ぶりはハンパじゃないんだ。限界の境界線が見えなくなるくらい。見ていても気持ちがいいし、一緒に仕事しても最高におもしろい。

いろいろあって、肉体的にも精神的にもヘトヘトな面子だけど、彼らの今の言葉がききたくて、お誘いしました。みなさん、ありがとう。なんか、ヤル気でてきたわ(←いままでなかったのかよ、なんてきかないで)。

「ちっ、めんどくせぇ。でも、やる。」そんな面々との食事会でした。

別のハナシなんだけど、ケーキバイキング(食べ放題)は、ちゃんと食事してから行くのよ。これがコツらしい。ちょっと小さめにできてるけど、あんまり食べられないよねぇ。ワタクシは28個しか食べられなかった。もう10数年前のハナシ。そのときの最高記録は20代後半女性、98個。牛みたいに胃袋が4つあるのかしら・・・。30分勝負で何個食べるおつもり?里沙ちゃんとナオちゃん!


 

眺めてみてよ。

最近、夜空は満点の星。見上げた方いらっしゃいますか?ワタクシはここ数日、午後11時ごろから数時間、首がかたまって動かなくなるほどに眺めています(←寝ろよ)。寒さをしのぐため、完全装備で。もちろん、外。そのときムスメはぬくい布団で夢のなか。

ちょうど今頃の、冬じゃないけどちょっとさみぃなぁ、ってな季節の夜空は、ダンナとの恋人時代を強烈に思い出す。毎晩、毎晩、ホントに毎晩眺めていたから。じぃぃぃっと眺めていると、(人工?)衛星が見える。星よりもはるかに小さいなにかが動いているのが見える。ほんとなんだってば。名前を忘れてしまったけど、巨大な尾っぽを引く彗星も一緒に何日も見たし、ゼッタイ宇宙船落ちたぜ、っていうくらいのまぶしい流れ星もみたし。

なんにも言わずに数時間、ずーーーーーっと二人で夜空を眺める。その後「それじゃぁね。」と翌日は仕事に。あのときは、精神的にそうとうマイッていた時。いろんなことがあって、涙も枯れ果て(←中島みゆきみたいだな)、疲れ切っていたとき。ダンナはなんにも言わずに、ずーーーーーっと夜空を眺めて毎晩隣にいてくれた。

夜空を見上げるとおもいだすこと。ダンナにおしえてもらったこと。サミュエル・ウルマンの「青春」。

 青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。

 若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、

 安・易(やすき)に就こうとする自らを戒め、冒険する心を忘れてはならない。

 人間は年齢を重ねた時に老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。

 歳月は人の人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺をつくる。

 悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消失させ、

 雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。

 六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬・夜空に輝く

 星座の煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・何かに挑戦する心・

 子どものような探求心・人生の喜びとそれに対する興味を変わらずに

 胸に抱くことができる。

 人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。自信とともに若くあり、

 恐怖とともに老いる。

 希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。

 自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを

 感じ取ることができる限り、

 その人は若いのだ。

 感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、

 人間は真に老いるのである。

 そのような人は神様のあわれみを乞うしかない。  

『Wikipedia』より引用させていただきました

原文はもっとやさしいカンジがしたけど、そう、青春。「いまでも青春ですよぉ。」とダンナ。年齢を重ねるとジワーッときいてくる彼の言葉。ダンナに教えてもらってから10年くらい経ったかな。実年齢が若い人たちには「??」かもしれないね。夜空を見上げると、なんだかいろいろなつかしい。・・・だからだ、最近やたらハナミズが止まらないのは・・・。


 

ふところの深さ。

ムスメがいうことをきかない。きかない、というより最近はすぐ卑屈になる。「どうせママはひかのこと嫌いでしょ。」とか、パパが叱ると「どうせひかはいうこときけない悪い子なんだ。」と言って泣きだしたり、とか。そうなると、もう手がつけられない。本気なんだか女優なんだか・・・。なんだかなぁ、もう。

5歳になって、いろんなことがひとりで(ちょっとずつ)できるようになってきた。エプロンをして台所に椅子を持ってきて、味噌汁の味噌を溶いたり、包丁を持って何かを切ろうとしたり・・・。でも、できないことに対してはすぐにキレる。シートベルトをカチン、とすぐに締められなかったり、届いた絵本の袋をすぐに開けられなかったり、折り紙できれいに折れ目をつけられなかったりとか。ほんとにほんとに小さなことで。

「はぁ〜・・・もうっ(怒)!。」とまるで人生に疲れたオトナのようなため息をついてキレるのが続くと、「てめぇ、冗談じゃねぇぞ(怒)!」と胸ぐらをつかんで本気で怒りたくなる。動物性たんぱく質の過剰摂取が原因とも思えないし・・・。なんなんだ?これも反抗期のひとつか?ムスメに対しての愛情はかわらない、と思っているつもりだが、時々自信がなくなる。あまりにもひどいとき、「いいよ、いいよ。もう好きにして、どうにでもなってくれ。」とこっちが泣きたくなる。

「ワタクシはあいつのママとして、あいつをちゃんと育て上げられるんだろうか・・・。」とダンナに思わずこぼす。そして言われる。

「答えを知っているくせに。」・・・でたよ、これだ。やっぱりな。

「こどもに対しての親の愛情はかわらないよ。ただ、反抗期の子どもを『ちくしょう、憎たらしい』と思うのは、愛情が薄いのとは別。」

「いつも変わらない愛情より、『憎たらしい』が先にくるってことは、疲れている証拠。疲れていると長続きしないからね、何事も。愛情もそうだよ。それはもちろん、子どもに対してだけじゃないけどね。」・・・何を言いたいんじゃ。

ムスメに対して寛大でいようと毎朝誓うのだが、数分後、その誓いはもろくも崩れ去る。「何回言ったらやるんだよぉっ(怒)!!」「早くしなさぁいっ!」ってなカンジで。疲れている、たしかに。ダンナもムスメを叱る。『憎たらしい』と思うときもあるって。でも愛情はなんら変わらないんですって。ダンナって、どうして考え方がスコーンと明快で割り切れるんだろう。

「ふところの深さっていうのかなぁ・・・・・。」アナタ、それ以上言わないで。ワタクシ、財布も心もふところまだ浅いから(泣)。心はムスメと一緒に成長するわ、待っててくださいな。だから財布はたのんだわよ。

「キミは・・・いいよ。これ以上ガンバルとなんだか死にそうだから。」それが愛する妻に言うことですか?!


 

ちょっとラッキー。

●またならんで買ってきてくれる?

数日前、ヒロキくんが「(ワタクシの)ムスメにお土産買っていたからさぁ、食べてよ。」と、いま(どこかで)話題の北海道・十勝「花畑牧場」の生キャラメルをくれた。口の中に入れる前からとけてしまいそうな繊細なキャラメル。これはムスメに、というよりオトナが味わうものね。ムスメは「・・・いつものがいい。」そうだろ、そうだろ。これはママが責任をもって全部食べてあげるからね(嬉)。ホワイトとチョコレートが美味しかった。ヒロキくんは空港(だったかな?)で、1時間半ならんで買ったらしい。ご苦労さまです。そして、ありがとうございました。またよろしくぅ。

●ラッキームスメ。

おともだちとムスメとで、アイスクリームを食べた。いつもはハートマークのソースがが4つ入っているけど、ときどき現れる顔の模様。今日も(今日も、だよ)、ムスメが大当たり。こういう小さなちいさなラッキーを積み重ねて、人生の大きな幸せ使い切らないでね(←アホか)。

「宝クジ買わせてみようか・・・。(←ダンナ)」あのねぇ・・・、いいかも。


 

美女入門。

久々に林真理子さんの本を読んだ。「美女入門」。雑誌ananのいちばん後ろに掲載されていたものをまとめた本。「へえぇ、ふふん。」てなカンジであっという間に読めるので、これを手にとるってことは、なにも考えたくないときか、疲れているときなんですね、ワタクシ。

そのなかで「100点満点の可愛さをもつ2人組の女の子と、60、70点の薄めの可愛さをもつ女の子2人組、男はどっちに声をかける・・・?」という内容があった。読んでいて、ふむふむ、そりゃそうだなぁ・・・と思うところもあって、ダンナに「どっちに声をかける?」と質問したところ、林真理子さんが導きだした「70点の薄めのかわいさの女の子」ではなかった。「万が一にも可能性がないわけではないから。」という理由で100点満点の女の子を選んだ。男性社員にきいたところ(いまのところ)、全員「70点の薄めの可愛さの女の子に声をかける」とのこと。ダンナは自信があるってことか?

むかしむかしのそのまた昔、ダンナはダメもとで「おそろしいくらい(←どんなだ?)美人の女の子に声をかけたんだそうな。そうしたら本人曰く「なんでだか」うまくいって、お付き合いすることになったんですって。翌日のデートの約束をして別れ、その帰りに事件に巻き込まれて彼女は亡くなりました。

初めてのデートの日。待てど暮らせど彼女はやってこない。寮生活だった彼女をたずねたら、「病院に案内されて刑事さんに根掘り葉掘り尋問された。」とか。虫の息だった彼女は、ダンナの声をきいて、ひとすじの涙を流し、息を引き取ったそうです。「そういうことがあったから、ボクは可能性が0%でない限り、100点満点の可愛さをもつ女の子に声をかける。」と締めくくりました。「でも、可能性が0%っていうのは、なにを、誰が判断するんだろうね。」なんてつぶやきながら・・・。一度もデートをしないで別れた彼女は、その美しさがダンナの胸に強烈に焼き付いているのだそうです。

いやぁ、軽いノリできいただけなのに、そんな重たい、切ない話を切り出されるなんて・・・ってことはだよ、よほどのことがない限り、100点満点の可愛さをもつ女の子は、世の男たちに声をかけてもらえないんだろうか?70点はお手ごろ感覚とでもいうのかしら?でもさ、ワタクシ思うに、高嶺の花の女の子は、声をかけられることに慣れていないから、時と場合によってはなびくんでないの?・・・って考え方はヘンですか?

切ない話をしたばかりなのに、ダンナ、「ブスはまったくもって無意味なプライドがあるしさぁ・・・。違う意味で声をかけづらい。」だと。

おいおいおいおいっ!と突っ込んで、ワタクシ、ダンナをはたとにらみつける。「美人のハナシでワタクシが登場しないのはどうして?」ときいたら、ダンナ、

「なんでって・・・。美人に該当しない人は登場しちゃいけないでしょ。」

・・・がびーん。そりゃそうだ。ダンナさま、それ、正論(泣)。


 

これがえびチップ。

らいむぱぱさん、いつもありがとうございます。やっと手に入れた「えびチップ」の缶。外観はこれでございます。会社の机の足元に置いといたら、蹴っちゃって蹴っちゃって・・・汚くなったので、新しく手に入れて、中身を食べ切ってから「ああぁっ!中身もとるんだった(汗)!」ってな具合の写真です。

ホントに外側だけ。もしレポーターだったら、仕事してないのとおんなじですよね・・・。ごめんなさい。これ、カルビーじゃないけど、「やめられない」の(泣)。

開けたとき、にんにくのニオイがぷ〜んとしてさ、食べると海老の風味とにんにくと、そしてすんごい胡椒の効いてること!

日ごろは商品開発に「食品添加物無添加でぇ・・・」なんてやってるが、これはその点でいうとアヤシイ・・・。でも、やめられないものだってあるのさ。えびが大好きなワタクシ、カルビー「かっぱえびせん」、ささら屋さんの「えびせんべい(←だっけ?)」等々、えびを使ったいろんなお菓子が別れた彼氏のように通りすぎていったけど(うぬぬ・・・)、今、これにはまっているんでございます。

これもお友だちDUNEちゃんから教えてもらったの。もうひとつ、あまり好きじゃなかったマヨネーズにもハマッているし・・・。

次のハマリ食材はなんだろう・・・。DUNEちゃん、できればスウィーツ系でお願いします・・・。


 

至難の旅でも・・・。

とある機会にアーネスト・シャクルトンの名を知る。アイルランド出身の探検家。

探検よりも、1900年に彼が打ち出した新聞広告が伝説となっている。

「求む男子。至難の旅。わずかな報酬。極寒。暗黒の日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には、名誉と称賛を得る。」

これに5000人もの応募があったとか。

5000人もの人はなにを考えていたんでしょうね・・・ったく。・・・と思いながら

「やってみてーな。」の言葉がふと頭をよぎった求められていないワタクシ(女子)なのでした。


 

大事なアナタへ。

アナタが「うん、うん」とうなずきながら流した涙の意味はなんだったのかな。なんとなくわかるけど、アナタのもやもやした感情は、やっぱりアナタじゃないと説明できないわけで。そんでもってその涙は、今若いこの時しか流せない、貴重な涙なわけで。

「考えよう」いろんなところで言われる。仕事場でもどこでも。仕事だったら段取りができるようになった。時間配分も、作業に携わる人の手配も。でも、問題はそれ以外のところで。何をどう「考えたらいい」のか、それがわからない。どこにたどり着いたらそれは「答え」になるの?考え続けていれば、ずっと抱えてたもやもやは吹っ飛んでくれるの?

お買い物は楽しい。友だちとゴハン食べに行くのも、呑みに行くのも楽しい。でも、それはそれ。楽しいことを重ねても、もやもやはやっぱり消えない。仕事もプライベートも、どっちも大事。だけどどちらも満足させることができない。不思議だね。底辺の欲求が満たされたら、その上にいきたくなった。買い物すればするほどいろんなモノがほしくなる。

アナタがほしいのは、モノではなくて見えない「なにか」?自分の力を発揮できる場所、言わなくちゃいけないことを的確に言える自分、頼られる自分、カッコイイといわれる自分。そして、知識の引き出しをいっぱいにした自分。「どこかが空っぽ」がなくなった自分。

好きなことはあるかい?「好き」に勝るものはないから、なんでも好きになれたらいいよね、できることなら。誰かが努力を重ねて10まで来たとしよう。でもアナタがそれを「好き」でいたら10を超えることなんて簡単なことだよ。「好き」は努力をかるーく超える。努力を楽しさに変える。好きな人ができたら、その人に会いたい、声がききたい、なんとかして会おうとするでしょ。考え方は仕事も人生もおんなじ(・・・と考えている、ワタクシは)。仕事そのものを好きになろう、なんてそんな無茶は言わない。それはアナタがいつか感じることだから。

今日をどう迎えるのか不安でよく眠れなかったでしょう。「ワタシはなにをすればいいですか。」って昨日からずっとずっと考えて悩んでいたんだね。おかげで風邪をこじらせて、なんだよ、その声(笑)。はっきりとわかるのは、今のアナタに足りないのは「言葉と経験」。

どうにかしてその2つを手に入れるんだね。そのためにアナタは考えるんだよ。


 

いまさらなんですけど・・・。

日曜日、「ハリー・ポッターと賢者の石」の映画をはじめて観ました。ハリー・ポッターシリーズ初、でございます。なにいまさら、とお思いでしょうが、ワタクシ、小学生の時にC.S.ルイスの「ナルニア国ものがたり」の本で育った身でございまして、ハリー・ポッターの本が刊行されて読んだ時に、あまり感動を覚えなかったものですから、世の中が騒いでいるときに乗り遅れちゃったのでございます。

・・・で、ダンナがムスメに、と思って中古DVDを山のように買ってきて、その中にあったので観ました。ムスメと。

感想ですか?ムスメの感想はですね・・・「ママぁ、これにアスランでてこないねぇ・・・。」アスランといったらアナタ、「ナルニア国物語」でナルニア世界を創造した最初の王じゃござんせんか。

「アスランはでてこないよ。(←ママ)。」

「なんで(←ムスメ)?」

「アスランは、忙しいの(←ママ、ホントの説明する気まったくナシ)。」っつーか、混同するなよ、物語を。

「(ナルニア国物語は)第3章がはじまるから?(←ムスメ)」

・・・ある意味わかってんじゃん。「ひか、アスランがいいなぁ。」すげーな、ムスメ。

我が家でのハリー・ポッターVSナルニア国物語、後者に軍配があがりました。映画もいいけど、本はもっといいぞ。ムスメよ、大きくなったらゼッタイ読もうね。


 

あのころに戻りたい、ですか?

「○×のころに戻りたい。あのときが一番楽しかったような気がする。だってさぁ、なんでも思い通りだったじゃん。」って必ず口にする友だちが何人かいる。

その友だち(A子)にしてみたら、ウン、そうなんだろうな。A子の○×の頃っていったら顔立ちがすんごい綺麗なうえに(←これは変わらないんだけどさ)肌がツヤツヤで、街を闊歩すればみんな振り向いてた頃。恋も仕事もたのしそうだった頃ね。そのときにお付き合いしてた人とは別の人と結婚して、今は2児の母。今でもバリバリ仕事をこなしてるし、カッコイイけど、会って話をすると「なんかさぁ・・・(無言)。あの頃に戻りたいなぁ(しみじみ)。」

・・・そうか?そんなに戻りたいか?ワタクシ、今まで一度たりとも「あの頃に戻りたい」と思ったことがございません。ただ、思いっきり遊んだり仕事したりするのに「20代前半の頃の体力で、今現在の生きかた、考え方ができたら最高だな・・・。」と思うことはあるけれど。「戻りたい」がないの。

いま、ちょっと大切にしているモノがあって、「ふぬぬぅ・・・。」となにかに行き詰ったときに助けてもらっているのだが、それだって、ワタクシの「あの頃」では手に入らない、今だから手に入れられたモノ。

A子の「あの頃に戻りたい」のハナシをダンナにしたら、彼ポツリとひと言。「キミとボクが出会ったときに、キミがお付き合いしていた人と結婚していたら、今、間違いなくキミはお金に苦労することはなかったね。」

・・・確かに(笑)。ダンナは仕事よりも海(サーフィン)と山(スノーボード)を選んだ男。それを楽しくするために仕事を選んできた男。当時付き合っていた彼は確かに金持ちだった・・・っていうより、裕福な家庭のご子息だった。でも結婚しなかった。縁がなかったんだろうし、その彼と結婚しないでダンナと結婚できたことは偶然ではないと。「金持ちの彼と付き合っていた頃に戻りたいか?」

ヤダね。やっぱり今がいちばん好き。年齢重ねて、シミ、シワもたっぷりできた。病気んなって、やつれた。体力ガタ落ち。新しいことに飛びつくエネルギーももちろん、昔ほどにはない。

でもいまがイイ。幸せの感じ方、とらえ方は人それぞれ。お金がたくさんあったら、それなりの楽しい生活はできるだろうな。今はお金はたくさん、ない。でも楽しい。幸せ。

「ゼッタイこうなる。」と強く信じて(念じて?)、欲しいものは手に入れてきた(あぁ、そこにきっと「お金」を強く念じなかったのねぇ)。「あの頃に戻りたい」を強ーく念じたら、願いは叶うんだろうか?「思い通りになる」ってなんだろう?ある意味、ワタクシの人生、ワタクシの思い通りのような気もするが、A子は「思い通り」になっていないのかな?

ユーミンの歌のなんかのフレーズがもやもやとBGMに流れてる。「あの頃に戻りたい」より、ダンナの波乗り狂いをどうにかしたい。サーフィン歴ざっと35年以上。「死ぬまで現役(←すんごい笑顔でダンナ)。」一度波にさらわれろ(怒)。


 

アウトな人。

昨日、三陸とれたて市場のヤギさんに久々にお会いしました。彼は「三陸とれたて市場」の代表であり、Webディレクターであり、人や商品背景をプロデュースするのがとても上手い方。静岡出身の大学生が、そのまま三陸に住んでしまった・・・からヤギさんと三陸と八木澤商店のつながりがはじまります。

彼と話していると、彼の細部へのこだわりが強すぎて、時々「うぅむ・・・。」とうなってしまうこともあるのですが、三陸出身ではない「よそ者(←言葉を選べず、ごめんなさい)」が、三陸とそこに住む人たちをこんなにも愛してくれるのか、と感じると、俄然自信がわいてきます。昨日いらしていただいたのも、とある企画の打ち合わせだったのですが、いろいろ話した後に、彼はそこにあるものの、さらにその向こうをじっと見つめて、考え込んでいました。きっと頭のなかは商品の裏にある物語を構成して、どうしたらこの商品が、八木澤商店が、この土地が(ボクたちが考えているように)美しく見せられるのだろう・・・ってなカンジだったのでは(←きいてないから、ホントのところはわかりませんが)。

はじめて彼に会ったときに「黒まめさんは、ボクと同じで『アウト』な人ですね。」といわれたのを覚えています。そのときは意味をきいて「わははー。」なんて笑い飛ばしましたが、いま、その『アウト』っていう言葉がビシビシ効いているんです。いろんなもの(説明)をそぎ落として「美しいものは美しい」とみせること、「本物には言葉はいらない」ことを知っている彼。今後もいろんなカタチでお付き合いができたらなぁ、と思います。

先日も、「八木澤さんのお昼にサンマいりませんか?」と電話を頂戴したときに「いただきます。山のように。」と冗談で(←ホントに冗談だったんですってば)言ったら、男3人でズルズル引きずるくらいの大きなバケツに、ホントに山のように(社員が言葉を失うくらい)サンマを入れて差し入れてくださいました。ヤギさんて、そんな方です・・・。

昨日、台所で丸イスにすわってジーッと考え込んでいた彼をみたお勝手係の洋子さん、「彼の話していることとか、横顔をみてると、おばあちゃん子だったんじゃないかしら・・・。」と。

そうなんですか?


 

天国に行っても・・・。

ムスメは最近、ワタクシの存在をやたら気にする。女同士のライバルむきだしとか、そんなんじゃなくて、「ママ、なんだか消えてしまいそう・・・(泣)。」っていいながら、ちょっとでも姿が見えなくなると、泣きながらワタクシを探す。

朝、でかけるときは「ママ、これ、必ずつけてね。」と以前プレゼントしてくれたブレスレットと、母の形見のネックレスと、昔ダンナがつけていたペンダントを手渡される。ネックレスひとつ付けるのもホントはあまり好きではないのだが、ムスメが「だめ。ちゃんとつけて。」と怒るので、仕方なくつけている。仕事がつまってヘトヘトになっているのを心配してくれているのかなぁ。「ただいまー」と玄関開ければママのブラジャーとビニールテープの腰みので「お帰りぃ。」と楽しそうに出迎えてくれる。そのとき必ずムスメは聞く。「ママ、元気になった?」・・・あまりのアホさ加減にグッタリとなるときもあるけれど。

昨日、とあることでガツーンと叱った。ムスメはいっぱい泣いた。しばらくしてしゃくりあげながら「ママはひかのこと、きらいになっちゃったの?」と聞く。「パパのことがいちばん好きになっちゃったの?」と。

イライラしていて感情を抑えられないワタクシも、ムスメ相手にやめりゃぁいいのに目もあわせずに「そうよ。」と。あぁ、大人気ない。サイテー(涙)。

「パパは、ママのいやがることをゼッタイしないから、好きなの?」と。「ひかはパパとママのいやがることをしたからパパにもきらわれちゃったのかなぁ・・・。」と小さい声でつぶやく。今まではパパの前で、女優並みの泣き落としやクサイ台詞をこれでもか、とパパにピンポイント爆撃で攻めまくっていたが、昨日はちょっとちがった。

「パパとママにきらわれないようにするにはどうしたらいいか、ひか、考える。」と部屋で「あぁして、こうして・・・。」と涙を流しながらひとりで指折り考えていた。

そんな姿をみて、ワタクシはひたすら後悔。そして、しばらくたってムスメ、「いい子になる。パパとママのいやがることはしない。いうこときく。これしか考えられなかった。」と涙をぽろぽろこぼした。

いい子になることも、パパとママがいやがることをしないことも、いうこと聞くことも、すべて親の都合のいいようになってくれること。ワタクシ、ホント最低。今度は自分に腹がたって泣けてきた。

そして最後に。「ママがこのごろ歌ってる歌は、ママが死んでも天国からひかを見ていてくれる、っていう歌なんでしょ。」と。「その歌を歌っているときはひかのこと、好きでいてくれますか?」と。5歳のムスメはママの病気のこと、仕事で疲れていること、いま、いろんなことで悩んでいることをすべて知っていて、元気づけようとしてくれていたのに、それさえも気付かずに「疲れたー。」を連呼して、ムスメの、ママに対するでっかい愛情を見失っていたわけだ。昨日はお風呂で泣いた。いっぱい泣いた。ムスメはなにも言わずにワタクシの頭をなでてくれていた。どっちがオトナなんだか・・・。

今朝、ムスメが起きてくるまでのあいだに、ラブレターを。

「パパとママは、ひかりがいちばんすき。だいすき。」と。テーブルにそっと置いて、それを開けたムスメ、「ママ、天国に行ってもひかのこと、好きでいてくれるんだね。ありがとう。」

・・・余命宣告、受けてませんけど。


 

こ、更年期障害ですか、これ?

お歳暮商戦カタログの原稿入稿が終わったとたん、ものすごい疲労感と脱力感と、おまけの発熱。カラダが元気じゃないと、思考がどうもまともじゃなくなる。「気分が落ち込んで涙がでてくる・・・。」じゃないけど、なんだか理由もなく、そんなカンジ。ダンナ曰く「更年期障害かな?」ほえぇ(泣)。

更年期障害、若年化しつつあるという。成人病も若年化して「成人」じゃない人たちが成人病といわれる類の病気になるから「生活習慣病」と改名したんですよね。いずれの病気も、オトナ、こども、関係なくなるんだろう。それにしたって(診てもらったわけではないので)「更年期障害」という響きは女性にとって、なんだかココロにずどーんときますわ。

脱力感がひどく、「ドライブしたい。」というムスメの要望で車に乗り込むも、こんこんと眠る。徹夜が続く仕事がパタッと終わると(←まだまだあるんだけどね)、気が抜ける。「カラダだけじゃなく、魂まで疲れちゃったんだよ。」とダンナ。気が抜けてしまい、気分が乗らないのは毎年。でも、今年は特にヒドイ。

「ヨーロッパに半年から1年、休養で住んだら、そういうのってスッキリ治るよ。」と言うので「行ってもいいんですかぁ(嬉)?」と思ったら、ハナシのオチはどうもそうじゃないらしい。

「日本人女性の更年期障害は、極端なミネラル不足。ヨーロッパは水が硬水だから、更年期障害のような病気ってあんまりないんだよ。むしろ、カルシウムが豊富な硬水を飲みすぎて骨が太くなる病気になるから、ヨーロッパの人たちは軟水をわざわざ買って飲むんだよ。」

「病院治療や薬で治すのがイヤだったら、いまのうちにミネラル不足を解消すればいいだけのことだよ。」

硬水ですか・・・。ナチュラルミネラルウォーターですか。ペットボトルで売ってる水に硬水はあったっけ?ペリエか?都会だったらすぐに手に入れられるけど、ここ、すんごい田舎。通販で?あぁ、それもメンドクサイ。気分がのらないときは不調の原因がわかっても、手を尽くせないときってあるものね。

硬水を探すのはメンドクサイけど、1年ヨーロッパ休養だったらすぐ計画立てられそう。とどのつまり、更年期障害じゃなくて、ホントにただの「めんどくさがり屋」なだけかも。でも、先立つものが・・・ない(泣)。気分はしばらくブルーなキャラでいこうかしら。


 

売りまくって。

タルトタタンさんにバウムクーヘンの注文を入れるとき、必ず(余計な)コメントをつける。

『おはよーございます。いつもお世話になっております。八木澤商店、お歳暮商戦ガンバルゾー!とDMだしたら注文第1号「不来方バウム3ヶ」。どーいうこと?』

タルトタタンさまからの返信。

『ご注文ありがとうございます。さっそく準備に入りますので、売りまくってください。よろしくお願いいたしま〜す。』

そんなやりとりを何度も。ご担当のシイナさま、ワタクシあなたさまにとってもお会いしたいですわ。


 

うだうだと、シアワセ。

お歳暮商戦のカタログ入稿、校正、納品と連日徹夜仕事が一段落。うだうだ〜の、どよ〜んの昨日と今日。あ〜、シアワセ。夕飯のあとはムスメと寝ころんで、うじゃらもじゃらとイモ虫のようにごろごろごろ・・・。

仕事をカタチにするのに、最近はものすごいエネルギーがいる。部屋の床にバラバラといろんなラフ(イメージで描いたイラスト)をひろげてあれこれ考えるも、ムスメの「ママぁ、○×○×・・・・。」攻撃で、なかなか思うように進まない。そんなときはアジトで作業。ムスメを、DUNEちゃんやMAMIちゃんが(寝るまで)面倒みてくれて、その間にワタクシはせっせと書いたり、描いたり。煮詰まってきたな・・・ってときに、机にそっとあったかいお茶を置いてくれるおかんや、息抜きにメールささっと送ってるのに、ちゃんと、きちんとこたえてくれる便利屋さんの内容に思わず本気になって(笑ったり怒ったりして)返したり・・・。いろんな狭間でカタログはできてきたんだな・・・と。いっぱい「謳い文句」考えて、書いて、説明文を添えて、写真を並べて、並べ替えて。ひとりで「あーでもない、こーでもない」と仕事しながら、まわりではワタクシが作業しやすいようにみんなが環境をととのえてくれて(嬉涙)。

そして、写真を眺めているうちに「写真をみてもらえたら、こんな説明文なんて、いらない」って、どんどん言葉を削ぎ落としていく。残った言葉が意図を正しく伝えてくれるか・・・というか、カタログをみた人が、削ぎ落としたわずかな言葉と写真で、なにを思い、連想してくれるだろう・・・最近はそればかり考える。

その仕事がおわり、カタログが届いたお客様から注文がくるようになった。ウレシイです(涙)。カタログが届いて「あ、そろそろお醤油注文しなくちゃ。」それだけで十分です。ありがとうございます。うだうだしながらお礼を申し上げました。となりではムスメが発表会の練習でドスドスやってます。スミマセン(笑)。

今後とも末永いお付き合いのほど、お願い申し上げます。あ〜、シアワセ。このうだうだ感。


 

スコアだけじゃなく。

とある金融機関主催のボーリング大会に、天然ムスメM美が参加。冗談で

「M美、1ゲームスコア150以上だしたら、Mくんがケーキごちそうするらしいぞ(←黒まめ。ま、Mくんには承諾得てませんけど)。」

「えええぇっ(・・・んなこと言ってないっすよ!)??!(←Mくん)」

「ほ・・・ほんとですか(嬉嬉)???(←M美)」すごいやる気満々。

「ほんとほんと、カットじゃないぞ、ホール、丸ごとよ、ま・る・ご・と(←黒まめ。サイコーに無責任)。」

「Mくん、だぁいじょぉぶよぅ。M美だから(←M子姉さん)。」

「・・・ホントですか?(←Mくん)」

「大丈夫。去年M美はブービー賞だから(←M子姉さん)。」

「じゃぁ、大丈夫ですね(←Mくん)。」

・・・そして翌日。

「なんかさぁ、昨日のボーリング大会、M美、80人中7位だったらしいよ(←M子姉さん)。」

「!!!!!(滝汗)(←Mくん)」

「いよいよケーキかぁ(嬉)?で、スコアは?(←黒まめ)」

「・・・144です・・・(←M美)。」

M美、お前はいつも、なにかと人生すべてにおいて、惜しい(泣)。


 

信じるということ。

「信頼関係を結ぶって、いまさらどうしていけばいいんでしょうか?」

直球勝負ですね。毎日の、しなければいけないことを、計画をたてたことを、黙々とこなしていくのです。その小さな積み重ねで自分を取り戻していくのです。「一生懸命やってる」というのは、やっぱり他人が評価することでしかないから。いろんな才能があるのに、それも花開いたんだかよくわからないまま。「やった・・・。」という、達成感と脱力感と、じわじわーっと、どっかからにじみ出てくる心地よさ、しばらく味わってないんでないの?

「クサってない」のはここ数日感じてました。自分の相方を迷子にさせないように、そしてこれをキッカケに「自分自身をどうにかしなくては・・・」というカンジが。前にハナシをしたときは「こいつ・・・(???)。」と思ったけど、そん時とは雰囲気がちょいと違う。

ちょっと前まで「このままのお前では、これから先一緒に仕事は・・・」と思った、正直。徹夜で疲れてたのもあったかな。ごめんな。

腹を決めたのか?ワタクシは決めたぞ。

今年の冬は、お前と(仕事で)心中するって。


 

徒労、わかる(泣)?

今日は(ブログの)いいネタが盛りだくさんなので、せっせと書き込んでいたら、猫がキーボードにぼったり落ちてきました。書き込んでいた内容ですか?

すっかり消えました。書き込む気力も失せました(涙)。


 

愛するムスメへ。

母親は

白い割烹着の紐をうしろで結び

板敷の台所におりて

流しの前に娘を連れてゆくがいい。

洗い桶に

木の香のする新しいまないたを渡し

鰹でも

鯛でも

鰈でも

よい。

丸ごと一匹の姿をのせ

よく研いだ庖丁をしっかり握りしめて

力を手もとに集め

頭をブスリと落すことから

教えなければならない。

その骨の手応えを

血のぬめりを

成長した女に伝えるのが母の役目だ。

パッケージされた肉の片々を材料と呼び

料理は愛情です、

などどやさしく諭すまえに。

長い間

私たちがどうやって生きてきたか。

どうやってこれから生きてゆくか。

    「儀式 ― 石垣 りん」

母から受け継いだ味はあまりないけれど、ムスメにはいろんなことを伝えていかなければいけないんですね。母として、女として。

食育、地産地消、スローフード・・・いろんな言葉の意味を知り、仕事に生かしていけたら・・・なんて思う前に、一人の人間として、母としての土台をもっと堅固なものにしていかないといけない。そう思っていた矢先、この詩に出会いました。

おかんが好きな詩人なんですってね。

この詩を読んで、なんだか泣けました。


 

ステキな棒状広筋。

ダンナがいそいそと薪割りを。「大木があってさぁ、誰も割れないんだよねぇ・・・。」の、遠回しの「誰か割ってよ。」のお願いが聞こえたのでしょう。いつの間にか姿を消し、「あれ、ダンナは?まさか・・・。」と外に出ると、大木を目の前に斧を振りおろそうとしてたところでした。単純なんです、意外と。

薪割りは、斧をめいっぱい振り上げるので、広背筋が鍛えられます。ダンナは運動不足これ幸い、とテンポ良く割っています。ムスメとワタクシは「パパ、今日はなんだか広背筋がステキぃ。」と部屋から応援していたのですが(←え、外にでないのかって?でません、寒いから)、割ること1時間。

現在「腰が痛い。」と泣いています。ついでに「広背筋だけほめてくれてありがとう。でも正しく言うなら『棒状広筋』ですから。」とぼやいてる。「ワタクシが割ろうか?」と言ったら「薪割りはコントじゃありませんから。」って言うし。たしかに。おんなじ所に斧を振り下ろせない(涙)。

でもかわいくない。今日のボヤキかた。せっかく久々の(数年ぶりの)逆三角形のカラダを取り戻せるいい機会だったのにさ。いまとなりで「ううぅ・・・(こ、腰が痛い)。」と、うめき声あげてるし(←見た目にかわいくない)、広背筋も棒状広筋もどっかにふっとんでしまったし。


 

いま?どうして?

明日はムスメの通う保育所で発表会があり、その準備のため、今日は「お迎えは4時30分にお願いします」。あぁっ、ダンナにいうの忘れてた!・・・と慌てて会社から電話を。

「いまどこにいるかって?なんでそんなこと聞くの?」

・・・そういう言い方って、かえって怪しいじゃないですか?「お迎えはやかったの、言うの忘れてた。ごめん。お願いします。」

「・・・いま、温泉なんだよ。昨日の薪割りのごほうび。」

・・・だれがムスメを迎えに行くんですか(怒)?薪割りはお願いされたんですか?


 

毎年きちんと・・・。

今日、ムスメの通う保育所ではクリスマスパーティが行なわれました。ムスメは「今日サンタさんが来たんだよ!!プレゼントもらったんだよ!!」と、とても嬉しそうでした。ムスメがサンタクロースを信じているかどうか、ホントのところ、母であるワタクシにも定かではないのですが、歌にもあるように「だれがいい子で、だれが夜遅くまで起きているかサンタさんはわかるんだよ。」の効き目はバツグンで、ここしばらく、いい子でした(笑)。

昨日は冬至。かぼちゃを食べて、柚子湯に入りました。「冬至」は二十四節気のひとつ。なにかを篤く信仰しているとか、そういうのはまったくないけれど、暦を眺めては「あぁ、もうすぐ○×だから、準備しなくちゃ・・・。」と母も祖母もそのまたおばあさんも行なってきた行事をやっていくことが、なんとなく大事だと思えるようになってきました。

ダンナもムスメも風邪をひかずに元気で過ごせますように。そして、ムスメが、四季折々に行なう行事を、なにげないことだけど当たり前で楽しくてとっても大切と思えるようになってくれたら母としてウレシイ。

30日には親戚一同で「餅つき」をします。毎年、杵と臼でぺったんぺったんと。ワタクシですか?薪割りと同じで「餅をつけ!」といわれます。ここ数年参加できず、ザンネンなんですけど、父曰く「お前がいないと早くできる」ですって。うぬぬぬぅ。ホントのことなので何もいえません(泣)。食べるお手伝いだけしましょう、仕方がない。

今年もあとわずか。

みなさまにとってどんな一年でしたでしょう?今年は体調がすこぶる悪かったです(涙)。新年の目標というか、「健康に・・・」と願ったら、だれもきいてくれなかったんですねぇ・・・(しみじみ)。

母は黒豆をたくのが上手でした。小豆を煮るのもうまかったな・・・。仕事が忙しいと言い訳をし、なんでも買ってきて間に合わせていたけど、今年はちょっと手をかけてみようかな。ムスメも「お手伝いがしたい。」と前掛けをしてイスを引っ張ってきて台所を占拠するようになったし(笑)。

毎年きちんと手をかけること。ムスメと来年、少しずつ。


 

総括(・・・できるのか?)。

今年もいよいよあと2日(1日半?)。早いものですね。今年、ワタクシはなにをして、1年過ごしたのでしょう(誰かおしえて)(泣)。せめて、来年の宣伝をしなくては・・・。

●今年もやります。「初売り」。

「初売りします。みなさん、ぜひいらしてください。」とは八木澤商店看板娘のM美。2009年1月2日(金)、3日(土)、4日(日)の3日間。お得な調味料セットと「こりゃイイ」って声がきこえてきそうな(?)晩酌セットの2種類。4日(日)には、「十水仕込み 八木澤屋 利兵衛の醤」を卓上サイズで販売。すべて数に限りあり。ぜひいらしてください。

宣伝、以上。

●いま、最高に会いたい人。

タルトタタンのシーナさま。不来方バウムを注文する際に、必ず(おもしろい)コメントをくださるステキな女性。・・・といっても、お会いしたことがないので、いつかぜひ。八木澤商店を「タルトタタン陸前高田営業所」と呼び、「どんどん売ってください」と直球コメント。不来方バウムのCMで露出度がたかくなって、今年のクリスマスは大変だったとか。「クリスマスケーキの準備が・・・」という電話での会話で「あぁっ、ウチのケーキ注文し忘れた・・・(汗)。」と焦るダメダメママ、黒まめ。来年はタルトタタンさんのにしよう。その前に必ずシーナさんに会って「はじめましてぇ。」と直接言葉を交わさなくちゃ。

●いま、最高に会いたい人、その2。

オーサワさん。八木澤商店の業務用味噌でお世話になっている女性。まぁ、明るくて楽しくてステキな方。電話の向こうの印象で、やっぱりこの方ともお会いしたことがない(泣)。電話とFAXのやりとりで、11月後半から今のいままでみっちり(←これは世に通じるのかしら)仕事をして、最後は「来年もこんなカンジでよろしくお願いいたします。」と。

時々(っつーか、しょっちゅう)ムリをお願いする立場上、お二方には直接お会いして挨拶をしたい。っていうよりも、3人でお茶を飲みながらあれこれ話したい、そんな人たち。電話でしか話したことがないけれど「素敵」って思わせるの、すごいって思う。

シーナさん、オーサワさん、来年もよろしくお願いいたします。

●最悪な1年・・・でもなかったわよ。

「仕事はまあまあだったけど、プライベートは最悪でした(泣)」と語ったお友だち。おもしろオカシイ話はたくさんするけど、なかなかホンネを切り出さないお友だち。まぁ、本人がふれたくないことは訊かないから、来年はイイ年であってほしいなぁ、と願うのみ。「最悪」な内容は違うけど、ワタクシも私生活は散々でした。すべてはカラダ。まぁホント、えらいめにあいました。今後の治療のこと、仕事(の引継ぎ)のこと、ストレスのこと、ムスメのこと、親のこと、ダンナとのこと・・・。いろんなことをダンナと話し合いました。今でもココロが揺れ動いていて涙がでることはあるけれど、とにかく、今の状況を続けられるように環境を整えていくこと、ここからはじめることにしました。みなさん誰かに「『大丈夫』って言って」とお願いしてみてください。ケッコー効き目あります。

来年ですか?来年も楽しい年でありますように。カラダ以外はおもしろかったような気がするの・・・。

●おいしいもの。

今年もおいしいもの、たくさんいただいてシアワセいっぱいでございました。クリスマスを過ぎてから、とある人に(ワタクシの大好きな)ケーキを贈りました(っていうほどかしこまってないけど)。その人はずーっと元気がなかったから。いつも何かに耐えているようで、悲しそうだったの。悩みは全然わからないけど、おいしいものを食べて、ちょっとでも元気になるのなら・・・と。来年はすばらしい年になりますように。

●ムスメ、失恋(?)。

「ママぁ、ひか刈谷さんと結婚するぅ!」とこの顔でムスメ。

刈谷さん「・・・なにがほしいんだ(疑)?」

ムスメ、3秒で失恋したもよう。もののけ姫の「サン」に扮しても恋は実らず。ザンネン。わはは。

みなさま、今年1年本当にありがとうございました。八木澤商店の商品をご愛顧いただいているお客さま、八木澤商店を通じて仲良くさせていただいているみなさま、八木澤商店を越えて仲良くなっちゃったみなみなさま、ハマちゃんのお父さん、お母さん、感謝、感謝でございます。

明日31日、ワタクシはなにをしてるか?ムスメ、スノーボードデビューのため、どっかの雪山におります。携帯酸素持ってヘロヘロになっていることでしょう。GOさま、ワタクシ数年ぶりの雪山でございます。写真差し上げますか?きっとすんごいヘタレぶり。

来年もみなさまにとって、すばらしい年でありますように。

初売りきてくださいね。M美、きっと喜びます。ワタクシもうれしいです。

それでは、よいお年を・・・。


 

Happy New Year でございますのよ。

みなさま、新年おめでとうございます。本年も昨年同様・・・いや、昨年以上にご愛顧の程、お願い申し上げます。

昨日、ムスメはパパとスキー場にでかけ、初スノーボード体験をしたようです。ワタクシも行くつもりではいたのですが、胸痛がおさまらず、断念。ムスメ「ちょっとこわかった」と言いながらも、スイスイすべり、止まり方がわからず、かまくらに激突し、やっと止まったらしい。「あいつ、根性と度胸はたっぷりある。」と、ダンナ。たくましや、ムスメ・・・。

今年はワタクシの仕事始めは明日、2日から。M美の初売りのお手伝いをします。ムスメは最近「ママと一緒じゃなきゃヤダぁ(大泣)。」ということがなく、「ママ、仕事?じゃぁ、ひかはパパのお布団にもぐってるから、心配しないで。」と、あっさりしたモンです。なんか、淋しい・・・(涙)。でも、知らないうちに子どもってのは成長しているもんだなぁ・・・と、しみじみ感じるこの頃。残業で遅くなれば「パパぁ、ママは仕事の段取りが悪いのかしら?」って剛速球投げてくるし(怒)。

ムスメは今年も水泳をガンバるらしく、そんで英会話も習いたいんですって。ついでにダンスもやりたいらしいので、フラメンコでもやらせようかしら。フラダンスもいいけど、教室がないのよねぇ・・・。

ムスメにとって、リーマンブラザーズだの、円高だの、100年来の不景気だの、そんなことワケわかんないハナシだろうけど(←ワタクシにとっても???ってなことはたくさんありますけど)、ムスメにとって、みなさまにとって幸せな2009年でありますように。とにかく、ムスメが「やりたい」って思ったことはなんでもさせてあげる環境を、親としてつくってあげたいなぁ・・・そればっかりです。

ダンナ曰く「キミの(スノーボードの)板、3回磨いたよ。ワックスも3回かけた。サビ?そんなもの消したよ!これだけピッカピカに磨いたんだ、是が非でも雪山に行ってもらうからね(怒)!!!」

新年早々、ダンナに脅迫されました(泣)。

みなさま、今年は楽しい話題をたくさん提供したいと思っておりますので・・・。本年もよろしくお願いいたします。


 

「ド」を捨てろ(シーナのように)。

12月30日に「最高に会いたい人」ってことで、シーナさんの名前をあげましたが、本日早速会いに行ってきちゃいました。それも突然の思いつきで。

今朝、会社の初売りの状況と仕事のメールのたまり具合を確認し、「今日はヘルプに入らなくてもOKかな・・・。」と判断。「そうだ、タルトタタンに行こう。」と突然思いつく。今朝6時に床についたダンナに、ムスメ、エルボーをかまして「パパおはよーっ!」その時まだ午前11時。「なんだなんだ、なんだよぉぅっ!?」と泣きながら起きて、パパ、しぶしぶ運転席に。

「・・・で、どこいくの(←ダンナ、最高に不機嫌)。」

「盛岡のタルトタタン(←黒まめ)。」

「・・・あとは?(←ダンナ)」

「あとは?そこだけ。シーナさんに会って帰ってくる(←黒まめ)。」

「それだけ?(本気で言ってるの)?(←ダンナ)」

・・・で、出発しました。

混んでましたよ、タルトタタン。ドアが開いたとたん、不来方バウムがどーんと飾られちゃって。ムスメ「じじどんどん(←社長のことです)だよぉ、ママぁ!」とでっかい声で叫び、お客様全員を振り向かせるすごいワザをやってのけました(恥ずかしいったら・・・)。

お店に足を踏み入れたとたん、「あ、あの人がシーナさんだ。」って感じました。「こわい」という威圧感じゃなくて、「貫禄」というか、笑顔で明るいのに圧倒されるカンジ。「わたしだけ歳をとってて・・・(笑)。」なんておっしゃってましたけど、若い人たちにはゼッタイ手に入れられない「経験」と「人生の楽しさ」がカラダ中からあふれているようで、思わずウットリしてしまいました。「大変」とか「苦労」なんていうものも「楽しいぞ!」ってすべて受け入れられる器のデッカイ人なのかな・・・と。混んでいたので、しばらくショーケースの向こう側にいた店員さんを眺めながら順番を待っていたのですが、忙しそうだけどみなさんテキパキと仕事をこなして、とっても雰囲気のよいお店でした。・・・と、見たまんまをづらづらと勝手に述べましたが。身びいきはしておりません、あしからず。

お店にいた時間は正味30分ほどでしたでしょうか。シーナさんと言葉を交わしたのはほんの数分。ダンナもちょっと挨拶を交わしましたが、帰りの車で「ほんのちょっとしか言葉を交わさないのに、『素敵だね』って思わせるの、すごいね。」って。「なんか、いつも前向きに、楽しく仕事してるってカンジがする。」とも。あぁ、ダンナもおんなじように感じていたのね。ウレシイわ。

「あの人の手を介してできた(お客様に手渡された)お菓子は、きっと美味しいよ。」とベタ褒め。お土産にいただいたクッキーも車のなかで奪い合い。

「ひかがもらったんだよぉぅ!(←ムスメ)」

「これはみんなのモノだ!(←ダンナ)」

・・・とっても低レベルな争い。上品に食べようよ(泣)。美味しいクッキーをほおばりながら、ダンナ、ぽつりとひと言。

「これから先、キミがシーナさんのようになりたい、生きたいと思ったら『ド』は捨てなさい。」

ド?ドレミファソラシドの「ド」?・・・と考えていたら、ダンナ察知。「喜怒哀楽の『怒』。ここからは何もうまれない。」

「人が成長したり、教育を受けたりする時に、『怒られる』ことが必要だったりすることももちろんあるけれど、人が『怒』で萎縮すると、成長する階段を見失う。幸い、部下のM美ちゃんはどんなにキミに怒られても、キミにくらいついてきたよね。これからは『怒』じゃない感情で仕事の楽しさを教えなくちゃ。いつも怒っているわけじゃないだろうけど、体調がすぐれなかったり、疲れていたりすると、人間は怒りやすくなる。キミは最近特に自覚しているはずだ。M美ちゃんが仕事がもっと楽しいと思うことも、ひかり(←ムスメ)にパパとママの愛の大きさは同じで、なにも心配することはないってこと、ちゃんと教えなきゃ。」

・・・見透かされてたわけですよ。ダンナには、ぜーんぶ。シーナさんに会えた嬉しさと、いまのワタクシのこの状態で会えた絶妙のタイミングに、涙がでました。ココロもカラダも鬱々、悶々とした12月、病気にひっぱられてどうしても楽しいことが考えられなかった12月。

「ボクもシーナさんに会えて本当によかった。素敵なひとだった。おかげで今日はすばらしい1日になったね。」と、ダンナ。「『シーナさんに会いたい』っていうのは、自分のいまの状況をなんとかしなくちゃ、っていうキッカケを探していたからなのかもしれないね。」

「もうキミはなにをやってもかまわないよ。好きなこと、なんでもすればいい。ただひとつ、条件をクリアすれば。」

「病気をなおしなさい。克服しなさい。そして『ド』を捨てなさい。」

シーナさん、ありがとうございました。ワタクシ、なんだか生き返ったようですわ。ダンナは仏のようになっちゃったし(笑)。

買ったケーキですか?5個のうち3個はワタクシの胃袋に飛び込んでまいりました(吸い込みました)。ワタクシ、(ものすごい)ケーキ喰いなんですの。また会いに、買いに行きますね。今度はムスメをおとなしくさせますので(たぶん)・・・。


 

約束、冗談ぽく。

約束をまもるっつーのは大事なことで、冗談っぽく交わした約束もあって、そんなの相手も忘れて、こっちも忘れちゃってもいいのかもしれないけど、今日なんとなく思い出して、「そういう約束がやっぱりすんごい大事で、冗談だといいながらも、それを守り続けることが、ワタクシが自分がこうありたいと思うように人生を生きることでもあるのだな・・・。」とあらためて、しみじみと。

「死ぬまで、やる。」

死ぬまで、なんて、半分(いや、ほとんど)は言葉の文。ただ、自分がこれから進む道に迷いがでた時、冗談でも交わした約束を思い出して踏ん張ることもある。まだまだ、これからもずっとダメダメちゃんなワタクシ。「四十にして惑わず(ワタクシまだ四十じゃないけど)。」昔の人はすごいな。いまだ出口が見えん。でも。

今日、電話で冗談っぽく交わした約束をなんでか思い出して。きっと、少しだけココロが晴れたのだろう。今年もよろしく。あんたは約束なんて関係なく突き進んでるよね。羨ましい。

「惑わず。」・・・流され上手なの、ワタクシ・・・。


 

アイドルのように・・・。

アイドルのようにかわいくなりたい、とか、キャピキャピしたい、ということではない。芸能人のブログアクセス数のおハナシ。

芸能人の人気ブログランキング上位ともなると、1日のアクセス数が200万件を越えたりするときもあるとか。「アクセスを増やすためにぃ、1日にそうですねぇ・・・6〜7回更新するかな?」「あとはですねぇ、改行をたくさんしてぇ、ページ数を増やすんです。『次ページ』もアクセス1件分ですから。」

ほおぉ、そうなのか(←っていうか、知らなかったのか、黒まめ??)・・・っておもいながら、人気といわれている芸能人のブログを拝見。

・・・。ちっ、200万分の1に貢献してしまった・・・という口惜しさ。この喉の渇きをだれが潤してくれるんだい??最後まで読んだのに、ちがうタイトルも読んだのに、「もしかしたら・・・」と思ってもう一回ちがうの読んだのに、200万分の数件はワタクシのように「おい、こら(怒)。」と半分呆れて半分怒って読んでる人、いるんでないの?

「芸能人に、(キミの求めるものを)求めることが間違い。その人が、そんなゆるゆる〜、だるだる〜なカンジが好きな人たちの世界なんだから。人気ブログランキングに載りたいから研究してるの?ガンバレ。」と、ダンナ。

んなわけないでしょ。芸能人人気ブログに200万件立ち寄るなら、おもしろいところあるんだけどなぁ・・・と思っただけ(←少しは研究心を高めよ!ってなもんですスイマセン)。

いつかは勇敢・・・もとい、有閑マダムになったる!と息巻く(?)お友だち。この紹介の仕方だと大きな誤解を受けそうだが、日本の30代、40代よ、これくらいは頭つかって大人の、おもしろい会話しようよ・・・ってなブログを展開。ワタクシもムスメをこんな風に育てたいわぁ、と思ったのだが、我がムスメ、どっかからふいてきた突風にあおられ、親の望む方向とは真逆を向いて、ひたすら「じゃりたれ」驀進中(泣)。環境(家族構成)が似ているから、よけい共感が持てるのかもしれませんが。

ワタクシの好きな作家、落合恵子さんのブログ。彼女の考え方を知って、子どもに読ませる絵本を吟味するようになりました。彼女が主宰するクレヨンハウスのホームページにあるけれど、その読みもの(のコーナー)にある本日のオーガニック・ランチ&レシピもいい。いちどそのレストランで食べたことがあるけれど、ひっくり返るほどおいしかった。クレヨンハウスは絵本の紹介もたっぷりしているので、なんだかココロが和みます(←すさんでいるのかしら、ワタクシ・・・)。ワタクシも定期絵本購読をしているのですが、ワタクシがこどもの頃に読んだ絵本がムスメに届いて、ムスメが夢中になって読んでいるとき、とっても感動しました。イイものは何年たってもイイのだなぁ(ジーン)、と。

ときにはゆるゆる〜の、だるだる〜もいいけれど、なんといいましょうか、「ここと(勝手に)つながっていることで、自分の生き方を再認識する」ってな感覚・・・とでもいうのでしょうか。そういう場所が好きです(というより、今のワタクシには必要なのです)。

いっぱいおもしー場所があるなかで、この2つ。「いいカンジの大人になる」の第一段階。

「あれ?アイドルのように200万件アクセスは・・・?」

ふん、アイドルの聖域は侵しませんよ(←っていうか、同じスタートラインに立てませんてば)。ワタクシは「イイカンジの大人になる」ことを目指すのだ。

しかし、どれくらいイイカンジになろうかしら。アイドルなんか寄せつけないくらいよね、やっぱり。


 

ありがとうね。

14日の夜、泣きながら食べたパウンドケーキ。トモオくんが大泣きしたのをはじめて見た日。ワタクシが彼女にかけた言葉は「守ってあげられなくて、ごめんね。」そして、ぎゅうっと抱きしめる。それが精一杯。

悲しいとはどういうことなのだろう。別れが単純に悲しいということもある。でも、悲しいといいながら、ワタクシはちゃんと撮影なんかもする。「ブログに載せよう」と思って。涙が止まらないのに。今日の出来事はたしかに悲しいことだったのに、仕事はしっかり、企画も「こんなカンジで・・・。」とあれこれ。こんなときに考え方がブログ中心なんて、ワタクシってサイテーだな・・・なんて思ったり。流した涙の原因はなんだったのだろう。

悲しんでいる自分を冷静に見つめるもう一人の自分。彼女に対して悲しいというより、別の感情がもうひとつ。うつむいて、日ごと静かに小さくなっていく彼女に向き合わなかった自分のふがいなさ、それがいま大きな後悔となってワタクシのココロを支配してしまっているのである。彼女、大丈夫かな・・・?と思って「ご飯食べに行こう」と誘いながら、自分のカラダがガタガタになってしまい、それも叶わなかった。久々だ。いつもは「あぁ、やっちまった・・・。」と後悔するのに、今回ばかりは「やらずに後悔」。やらずに後悔するって、けっこうしんどい。慣れていないから。ケーキを食べながら「ちくしょうあん時、ちくしょう、あぁあの時も。ぜんぶちくしょう。」と。

「お世話になりました。」と、パウンドケーキが。「(年末の)ケーキ、ごちそうさまでした。」そのお礼も兼ねて。年末に声かけたときは、くちびるかみしめて、泣きたいのを必死にこらえていたね。あのとき、元気になってほしいという気持ちもあったけど、「もう、そんなに我慢しなくていいんだよ。」ってな感情も含んでいたような・・・と、いまとなっては思う。ワタクシは彼女になにをしてあげられたのか。たいそうご立派な人間じゃない、ダメダメちゃんなワタクシだけれど、彼女がこうしたいという思いに、ワタクシはちゃんとお手伝いができたのだろうか。最後の言葉を交わすときに、涙はまったくでなかった。彼女の思いと、ワタクシの思いの大きさはどれくらい違っていたのかな、と冷静に考えていたのだ。溺れて海の底深く沈んでしまいそうなとき、なぜワタクシは「大丈夫。」と彼女に声をかけてあげられなかったのか。

彼女はココロの内を明かす人ではなかった。静かにじっとして、時が来るのを待つ、そんな女性だった。いつもうるさいワタクシとは大違い。だから、彼女に対して、かける言葉も、きちんと選びたかった。畏れ多くて涙も流せなかった。あの夜、ワタクシが彼女をぎゅうっと抱きしめたのは、そんなところか。

静かに、黙々と。

彼女が残していった跡。

いろんなことを考えているとき、トランス状態というのでしょうか、そんなカンジになって、周りが白く、なんにも見えなくなるときがある。この写真をみると、そういう状態になる。この写真を撮っていたとき、彼女は最初、照れくさそうに、でも静かに、空気を乱すことなく仕事をしていた。ワタクシがカメラを持って構えていることなどすっかり忘れ、まるでワタクシなどいないがごとくの振る舞い。あっぱれ。

思いだすと、そのときの情景が次々にあふれてくる。空気はピーンとはりつめたままで。

ケーキありがとうね。お元気で。


 

It's a miracle !

はじめて、レモンにかぶりつき、リンゴ酢を希釈せずにごくごく飲み干して、砂糖のはいらないヨーグルトをたっぷり食べました。いやぁ、笑っちゃうほど驚きです。

「ミラクルフルーツ」。西アフリカ原産の2cmくらいのちいさな赤い果実。これを食べて2時間くらいは、酸っぱいものはなんでも甘く感じる不思議な不思議な果実。となりでSさんが笑いながらレモンを、酢を、ヨーグルトを口にしていた。「うわぁっ、コーヒーも甘いっ・・・。」と。

ほえぇ、おもしろい。どれどれさっそくお取り寄せしてみようかしら。ふむふむ・・・。

高い・・・。


 

よく、わからない。

最近、元気がないから声をかけてみた。「元気がないのは、調子が悪いの?ふてくされているの?」あぁ、いつもながら直球勝負。最近ますますコントロールとスピードに磨きがかかり、豪速球。1度でいいから癒し系で相談をうけてみたい。「どうしたの?」とやさしく言ってみたい。1度でいいから(笑)。

なにに悩んでいるのか、わからないらしい。「なんとなく調子が悪いし、なんとなく気分が乗らないし、なんだかよくわからない。」

こういうときって、どうしてそんな気分になったのか、原因を探るべきなのだろうか。そうしてすぐに悶々とした原因を取り払うべきなのだろうか。よく働かない脳みそを一生懸命動かして考えるも、よくわからない。そのときにスッキリしたカンジにはなっても、2〜3日したら元に戻った、なんてことになったら意味がないのでは・・・なんて、余計なことばかり考える。それぞれに考えていることがあって、決断できない自分がいて、悶々としている時間がしばらく続いて。でも気分がすっきりしている時も、悶々としている時も時間は同じように流れて、誰も、なにも自分を待ってはくれない。忙しいときはその悩みをしばし忘れ、家路につくときに思いだす。「どうしたらいいのだろう」と。

夜があけるころに「今日は(この)悩みからどうやって逃れよう・・・」と考え、車を走らせながら何も考えられなくなり、考えたくなくなり、思考が止まる。仕事がはじまったらとりあえず忘れ、思い出して考えるのが面倒だから仕事の手を止めない。でもその仕事は予定をたてた通りに進んでいるかといったら、それは別。仕事が思うように進まなくなってその結果も散々。新たな悩みが増える。そしてますます気分が落ち込む。ひとつの悩みがもうひとつの悩みを連れてきて、ココロもカラダも締めつけられて身動きがとれなくなる。「最初に悩んでいたことだけ悩みたいけど、早急にに解決しなければいけないことは最初に悩んでいたことじゃないような気がする・・・。」

気持ちを立て直すことができないひとつに、「落ち込んでいる気分にひたっていたい」自分がいること。解決策を見出すことより考えずにいることがそのときは楽に感じるし、気分がいいから。(誰も気づいていないけど)悲劇の主人公になった気分で落ち込んでいる自分を堪能する。「どうしたらいいのかわからない」と言っている自分がすき。気分がのらないときの物語は面白いほどに自分の思うとおりに展開する。おもしろい。おもしろい。悩んでいる反面、無意識に楽しんでいる自分がいる。夜、寝床につくころ「あぁ、今日も悩みは解決できなかった。明日も悩むのか・・・。」と不思議な充実感。その裏には仕事が進まないうしろめたさとその言い訳を考える自分。本当の悩みはどこにいった?何に悩んでいたのかわからなくなって、何を解決しなければいけないのかもわからなくなってしまった。じゃぁ、どうする?

「本当にどうしたらいいかわからない。」と本気で悩みはじめる。この螺旋からはそうそうに抜けられない。ここから興味をそらすほどのドラマチックな出来事はそんなに世の中に転がっちゃいないから。「つまらない世の中と悩む自分に飽きてきた」頃には、前向きな考え方を忘れてしまっている。まわりの楽しそうな人を疎ましく思うようになる。前向きな考え方を押しつけられても困る。そっとしておいてください。仕事が楽しくなければいけない、とか、仕事は生きがいだ、なんてそんなの一種の強迫観念じゃないですか。考えれば考えるほど自分が器のちっこい人間に思えてくる。ちいさな、なんてことないはずだった悩みは、自分を否定するまでの、自分では抱えきれないほどの悩みにいつしか変わっている。

いつもと変わりない毎日を過ごすのが精いっぱい。悩みはもうどうでもいい。機械は一度真っ白にしてなにもない状態から何度もはじめられるけど、ぼくは、わたしはそうはいかない。一度こんなふうに考えてしまった自分をどうやって軌道修正するのか。はずかしい。悲しい。だれか助けて。「なんとなく調子が悪くて、なんとなく気分がのらなくて、なんだかよくわからない」と悶々としていた自分を消してまっさらにしてください。全部自分が描くカッコイイ生き方に脚本をつくりなおして、いままでもカッコイイ自分がいたことにしてください。

「もう悩みたくない」と、悩む。

なんだかよくわからない。書き込んではみたけど、無責任な言い方だけど、やっぱり、よく、わからない。いまそういったカンジのことで悩んでいないからだろうか。ここに解決策はない。でも「そんなんじゃない。」と思いながら胸がキューっとなりはしなかっただろうか、これを読んで。ワタクシはあなたの味方だろうか、敵だろうか、そんなふうにも思わなかっただろうか。苦しくてどうしたらいいかわからないときでも、ワタクシはあなたの味方でいたいと思ってます。声を荒げて「いい加減にしろよ。」と言っているときでさえ、その言葉のうらに「ホントにかけたい言葉はなんだ?」と考えてます。ワタクシが本意ではない言葉を吐き出して後悔しているとき、その言葉をうけて、あなたは傷ついて落ち込んだことがあったかもしれませんね、この分じゃ。

ごめんよ。

「よくわからない」と意味もなく肩をおとす時期は、やがて消えるのでは。あることがキッカケで動き出さなくてはならない、決断しなければならない、そんな時期がやってくるから。あなたが動き出すキッカケはなんだろうか。もう目の前にあるような気がする。でも、その時のあなたに必要なことは「本当のことを、伝えなければいけない人にきちんと伝える。」ことだと思う。「何度いっても伝わらない。」自分がそんなふうに思って言葉を発したら、そんなふうにしか伝わらないだろう。・・・といいながら、あなたはワタクシに「本当にいいたいこと」があったとき、ワタクシはきちんとあなたの本当の言葉を受け止めたのだろうか・・・と考える。悩みはつきない。声をかけておきながら、ワタクシもいろんなことで悩み、考えている。これでいいんだろうか?・・・と考える(笑)。

ここまで書き込んでおきながら、いまふっと思ったことは「悩んでいてもしょうがない。」なんだそりゃ。さぁ、仕事、仕事。カラダにあたらしい欠陥(?)がみつかり、不具合修理中。カラダのガタガタもここまでくると「なるようになれ。ぜってー治してやる。」ワタクシはあなたとも楽しく仕事がしたいです。よく、わからないけど、これだけは確かです(笑)。これ読んで気分がブルーになりましたか?それとも「長すぎる(怒)。」ですか?しつこいんです、ワタクシ。もうおわかりかとは思いますが。


 

環境整備。

いま、楽しいのか、楽しくないのか。楽しくなかったらそれはなぜか。楽しくするためにはどうしたらいいのか。悩みを解決するにはきちんと階段を順序よく上っていかないといけない。一気に3段目を目指して飛ぼうとするからムリがあるのだ。じゃぁ、悩みの階段の1段目はなんだ?たぶん、みんなおんなじなんではないかと思う。「自分のまわりの環境をととのえる」ことだと思う。これは前にも書き込んだ。幸せになるために・・・ってことで。底辺をきちんと整えればあとはカンタンに解決できるような気がする。

「どうしたらいいか、わからない。」って言っても、期待する答えはもっていないだろうか。「○×したほうがいいよ。」なんて答えを。自分の期待する(方向の)答えに向かうように背中を押してもらうことを待っているのではないだろうか。ワタクシはそのタイプだ。だからダンナに見透かされる。いつも「(悩んでいても)答えを知っているくせに。」と。そうだ、ワタクシは行き詰まったときの解決方法を持っているんだった。それはいま、つかわないようにしている。最後の切り札にとっておこうとおもって。

今日はなんだか疲れた。これで勘弁してくれ。


 

全国1,000万人のM美ファンのみなさまへ。

婚約しました。本日結納。

イチバンかわいい、幸せな姿を見せに会社へ来たのですが、社員一同、

「じゃ、M美、今からボウリング大会だからその姿で来いっっ!!」

・・・それって、どうなのよ・・・。

おめでとう。


 

あのさぁ・・・(溜息)。

天然ムスメM美、ブログ掲載した写真がよほど気に入ったらしく、みんなに「みてください(嬉嬉)。」を連発する。

ダンナ、M美を目の前に写真をみて一言、

「うわっ、かわいい、誰?」

一瞬にしてその場がキーンと凍りつく。

M美を指さしたら「またまたぁ〜。」

そして本人、ブログからなんとかして写真を印刷しようとしている。

あのさぁ・・・、写真くらい印刷してあげるよ、そんなに気に入ったのなら(泣)。

じゃぁ、もしかして、また掲載したらこれもなんとかして印刷しようとするのかしら?それとも「これもみてください。ぐふふ・・・。」なのかしら・・・。

「やっぱ一眼レフだよな。」

「やっぱ黒まめの(撮影の)腕だよな。」

あら、ワタクシがほめられちった。M美、ここまで言われたら毎日着物きて接客しようぜぃ!


 

写真がみつかったんですけど・・・。

いつかどこかでこのショットは使う!!・・・と思って撮りだめした写真の数々。整理がおいつかず、どこになにがあるのか最近迷子に(泣)。あまりの写真画像の多さにパソコンが悲鳴をあげ、それでもなだめながら使っていたら、やっぱり動きが悪くなって、交換することに。

パソコン交換して、「よぉし!」と思ってどんどん取り込んだら、ものの1時間足らずで動かなくなった。がびーん。ここでお助けマン・食品製造部ヤマちゃん登場。「黒まめさん、いい加減にしてください。(何度教えたらわかるんですか)(怒)。」何度教えられてもよぅ・・・と思いながら「はいはい」ということを聞いて、いまじゃスイスイなのさ(←ヘタにさわらないようにしているだけ)。

パソコンの中身を整理したら、まぁ出てくる出てくる・・・ブログに使おうと保存していた写真が。「どうしてこんなところから?」ってな具合に。断わっておきますが、以前繁忙期のワタクシの机の上の写真を公開しましたが、家は決してちらかっておりませんのよ。「まぁ、これがお子さんがいるお家なの?」と言われるくらいきれいにしてますの。家では会社でのキャラクターを持ち帰らず、静かにしているんですの。どっちがホントのワタクシなんだか、最近はわからなくなってまいりましたが。

・・・ってそんなことはどうでもいい。さぁ秘蔵写真(←って、自分がしまい忘れただけの)公開。

 素敵でしょ、このケーキ。すんごいながいの(笑)。これはハマちゃんからの差し入れ。それも2007年の暮れ。スマン、スマン。探してたんだ、この写真。「あら・・・そういえばなんだかなが〜いケーキの写真あったような・・・。」って。

 これね、食べるときなんでか笑ってしまうの。全然減らないし。わはは。

写真下は、ワタクシのお友だち家族。出会ってから20年。昨年の東北を襲った地震はアメリカにも伝わり、お見舞いのメールがたくさん届いたのだが、返事に時間のかかることったら・・・(汗)。

地震のこと、近況、昔話、いろいろやりとりしたけど、どのくらい伝わったのかしら・・・。

 あ、これは大好きなチーズケーキ。盛岡の「チロル」ってお店のです。これ、ワタクシものの15分でたいらげますの。

 これもずいぶん前にいただいたのですが・・・・ワタクシ、なんで食べものの写真が多いんだろう(笑)?これもオススメのケーキです。ケーキの横にお皿とフォークなんか置いちゃってさ、使わなかったわよ。ムスメはあまりケーキに興味がなく(←ワタクシとしてはうれしいのだが)、「ママぁ、もう少し落ち着いて食べなよ。」と小言を言われる始末。ダメなのよ、チーズケーキだけは・・・。

この写真、ダンナが喫茶店でギターを弾いているところです(喫茶店て、今言わないのかしら?でも、ここは喫茶店)。ダンナは器用になんでもできるので、昔少しかじったギターをBGM程度にさらりと弾く。波乗りガンガンして、ガツガツスノーボードして、ギター弾いて、バイクの免許無制限。どんなバイクも乗っちゃいます。アナタ、どんな人生を歩んでらしたの??

・・・あ、この写真、ダンナどこにいるかわかります?

ムスメ。母としての悩みは「融合歯」。それも上前歯。噛み合わせや今後永久歯が生えてくるのかしら・・・なんて心配ばかり。別にモデルや芸能人にするわけではないんですけど、ワタクシも歯並びではかなり辛い思いをしましたので。一応、女の子ですから。ムスメもワタクシも。

たくさん写真がみつかって、いろいろ掲載したり、コメント書こうかと思ったけど、ハマちゃんから泣きが入る。「オレ、銀座をなめとった。」そうだろ、そうだろ。いい経験じゃございませんか。彼は現在銀座でイベント売り子でお仕事中。関東のお客様・銀座のお客様は、東北の片田舎や関西の地域性は通用せん。どっちかのキャラでいきなよ。商品は売れなくてもそれでOK。ただ、どうしてイベント用にその商品を選んだのか、もう一度考えて。ハマちゃんの今後のために自分はどのキャラで生きていくのか(仕事していくのか)、異国の地で決めてきな。一人のお客様に「あなた素敵ね。」と言わせてみろ。それが銀河プラザにいった使命だと思え。

ヨメに「素敵」と言わせることも至難のわざだが(キミの場合)、キミをまったく知らない人がほんの数秒でキミをどう思うか。商品はそのあとだ。それでも「困ったなぁ・・・。」って悩む?大丈夫だよ。関西人なのに人見しりのアナタ(←これは偏見か?)。克服してこいっ!あ、おいしそーなのがあったら買ってきてね(←サイテーですすいません)。それと注意しなよ、専務、かわいい女の子みると「田舎に住まない?」とわけのわからないナンパするから。え、ハマちゃんもするの(疑いの目)?楽しんで来い。


 

さすが(涙)。

昨日は朝から冷や汗とめまいが。企画担当として、営業を援護しなければならないのに、十分な調査、検討もせずにイベントに商品と営業マンを送り込んでしまった。そのツケが、昨日やってきたのである。

内容は詳しくは語れないが、ワタクシ、久々に途方に暮れました。それを見ていた営業の面々、「うあぁ、きたな。しょうがねぇ、やるか。」と思ったのだろう。とっさの判断でそれぞれがワタクシの目の前にあったダンボール(の山)を運びだし、営業車でそれぞれ散らばっていく。事務所では総務の女性たちが電話をかけまくる。昨日はそのことで頭がいっぱいで、ほとんど仕事が手につかなかった。

なにがそんなにワタクシを縛りつけたかというと、「企画を煮詰めて熟成させて、背中を押してやらなかった」自分の仕事の仕方に猛省しきりなのである。気分がのらなかった・・・というアホアホなレベルではなく、「相手がそういう態度をとるなら、こっちもこの程度で。」なんて、あきらかに相手にワタクシの思いが伝わるような、サイテーな仕事をしてしまったのだ。その状況で「イベントを成功させる」なんて、無理なハナシ。ホント、自分がイヤになる。ワタクシはいつからこんなにアホになったのだ?なんで手を抜いてしまったのだろう。きっかけはたぶん、あそこだ。でも、それはそれ。「ちくしょぅ。」と思うことがあっても、感情と仕事は別、いつもそうやって切り抜けてきた。(満足できて)楽しく仕事ができる環境と自分を追い求めてきた。・・・はずなのに。いつだったか、タレントの沢尻エリカの傲慢な態度で世の中大騒ぎしたが、今のワタクシはそれを上回るね。彼女はそのときの気分が態度にでて最高にイヤな女だったけど、ワタクシは故意に、それも相手がどういうふうに感じるかを分かっている上で、というところが悪辣。

その代償が昨日。でも、そんないきさつを営業さんたちは知らない。知らないけど、自分たちが「やらなくちゃいけない」となんとなく感じてくれて、朝、それぞれが動き出した。そして、昨日の夕方にはワタクシの冷や汗とめまいを消してくれて、涙がでそうだった。

ありがとうございました。さすがだね、あなたたち。


 

St.Valentine's Day

逆チョコでバレンタイン商戦を盛り上げてくださる菓子業界のみなさま。

賛成。大賛成。でも企画とコマーシャルは来年はもっと早くね。

これは、お客様(得意先)から。「14日当日は忙しいので、今日伺いました。」と昨日律儀に。そういえば、リサちゃんも、M美も手作りチョコを男性陣にプレゼントしていたっけ。バレンタインデーにチョコなんぞ贈ったことのないワタクシ。当然、ホワイトデーのお返しだってない。

でも、食べたい。

あ、M美よ。ガトーショコラはうまかったぞ。ありがとう。「友だちと一緒につくって、わたし混ぜただけなんです。」その混ぜ加減がいいね(←また無責任コメント。)

男になるのはイヤだけど、バレンタインデーにはなんとかしてチョコをもらう手だてを考えているワタクシなのであった。バレンタインデーじゃなくても、八木澤の営業マンはいろいろ差し入れてくれるんだった。あぁ、言いたい放題やりたい放題(涙)。


 

いつもそばに音楽を。

時々ふっと思い出す色や風景、音楽。きのう久々に竹内まりやのアルバムを聴いた。50歳を過ぎていらしたのね・・・、驚き。なんだかますます美しくなっていく彼女。アルバムはいろいろ持っているのだが、曲が流れると、「あのころ」が強烈によみがえるのは「VARIETY」。中学のときからハマり、今でも時々ひっぱりだしては聴く彼女のうた。VARIETYをいつも聴いていたころは、ダンナがまだ「彼」のときで、車は○×で、よく訪れた場所はあそこで、「さよなら、またね。」と言葉を交わすときはきれいな夕焼けの色も思い出す。

19歳のときは、テレビのない生活だった。寮の決まりでね。情報源は新聞とラジオ。インターネットなんてなかった。毎週日曜日の夕方はユーミンのラジオ番組を聴いていた。19歳のときも夕焼けと音楽が重なって、窓から差し込む夕焼けの色を今でも覚えている。夕焼けでも、さびしいという感覚はなくて、いつ、どんな時も楽しくて力強かった・・・ような気がする。

何気なく時を重ねるいまも、そばには必ず音楽がある。新しいものにはなかなかとびつかなくなったけど(←前からです)、昔レコードが、テープがすり切れるほどに聴いた曲を最近また聴くようになった。アラフォー(40代前後)やアラサー(30代前後)向けのベストアルバムなんかがよく売れているみたいだけど、それはわかるような気もする。無性に聴きたい。でも、ワタクシの好きな曲をどの会社もベストアルバムに組んでくれない(涙)。

先日、B・スプリングスティーンがゴールデン・グローブ賞を受賞しているのを見て、なつかしさがこみ上げ、CDを探してしばし彼の世界にひたる。なつかしい、なつかしい(嬉涙)。いまこの瞬間のワタクシを遠い将来になつかしむ時、なんの歌を聴いたら思い出すのかな。月に1度はUSA for AFRICA-We Are The Worldの収録時の特集を見るけど、この曲は中学のときに衝撃をおぼえたんだよな。最近の歌はあんまり知らないし・・・。

最近よく聴くのは・・・Fairground Attraction。あぁ、これも大学時代に狂ったように聴いていたロック・グループだ。ごはんの支度、洗濯物をたたむとき、お風呂で、読書のとき、家で原稿作成するとき、差し障りのない音量のBGMをかけるようになった。ムスメも「それ、ホントですか英語」で口ずさむ。

音楽のことを書き込んでいて思い出した。最高に好きなアルバムがある。ワタクシが買ったのに、元カレと別れるときにくれてやってしまった(←すんごい目線が上ね・・・(汗))。別れたら、プレゼントされたものは返すか捨てたりしてしまうので、自分の身の周りに痕跡(?)がない。そのアルバムも「ま、あとで買えばいいや。」なんて気楽に考えていたら、そのアルバムはすぐに絶盤になり、どこを探しても手に入らなくなった。ガーン。だれかワタクシにください(ウソです)。

The Steelsのナントカっていうアルバム。名前さえも忘れてしまった(涙)。でも何曲か歌える。いつもそばに音楽。このアルバムだけはそばにないけど、手にいれたい1枚。元カレに「返せぃっ!」とか「ちょうだい」も言えないし、なによりも、彼がいま、どこでなにをしているのかまったくわからん。

さて、今日はなにを聴こうかな。ムスメはBACKSTREET BOYSが好き。へえぇ、やるじゃん。でもムスメ、かなりの空耳アワーなんだよなぁ・・・。


 

東北の冬。

降りました、雪。連続で。ひゃっほー(嬉)。

東北も年々雪が少ない冬になってきました。だから、雪がこんなに降ると、犬以上に庭かけまわります。

朝は雪かきからはじまり、みんな一生懸命雪をどけているのに、トモオくんと黒まめはスコップ使って「一度に大量雪合戦」。こういういたずらがはじまると、「またあの2人だよ・・・。」となる。雪を見ると「遊びたい」禁断症状がでるのは、どうやらワタクシ黒まめだけではないらしい・・・。

この雪合戦で被害者1名。リサちゃん、頭から雪をのっこりかぶる。ね、楽しいでしょ。

これはみんなが雪かきをしてきれいにしてくれたあと。

寒いけど、なんだかウキウキする土曜日なのでした。


 

タンデム・スノーボード。

数年ぶりの安比高原スキー場。いやぁ、楽しかった、楽しかった。

ダンナとムスメ。ダンナ、ムスメに教えるのが「もう飽きた・・・。」らしく、ガンガン滑るためにはどうしたら・・・と考えていたとき、どこかのホームページで、このタンデムを発見。「誰かができるならボクもできる。」が座右の銘(?)のダンナ、早速タンデム・スノーボード取り付け作業開始(笑)。板にムスメのビンディングも取り付け、ムスメのカラダをひもで固定。なにせはじめての試み、「大丈夫かよ・・・。」とカメラマンMr.KONTAN。ほかのスキー客は物珍しそうにしげしげと眺める。

「まぁ、動く荷物積んで滑ってるようなもんだから、そんなにスピードはでないでしょ(←Mr.KONTAN)。」

「だよね。まぁ、ころんだら起こしてあげられるように、後ろからゆっくりついて行くわ(←黒まめ)。」

・・・とは言ったものの、あまりのスピードに、黒まめ、ついていけず(泣)。安比高原スキー場ザイラーロングコース(中・上級コース)滑走距離4Kmも、15分たらずで滑るか、このタンデムで(笑)。

ムスメは最初、あまりのスピードに悲鳴をあげていたが、最後は「パパ、今度いつ来る(嬉嬉)?」「・・・・・(←パパ)。」

このコースは・・・えぇと、どこだっけ?ダンナ、調子こいて新雪にどっぷりハマる。「で・・・でられない(泣)。」と泣きがはいり、仕方なく板を脱いで救出。脱出したとたんに「ひゃっほーっ!いくぞ、ひかり!!」と、あっという間にいなくなる。

ねぇ、ワタクシを助けてよ(泣)。

斜度のキツーイコースは自分たちもガンガン滑るので、撮影はなし。あはは。

スピードをあげるため、重心をちょっとうしろに。ムスメもキモチはちょっとうしろより。なんか、様になってるな、ムスメ。ダンナのスピードに慣れたら、ムスメはもう怖いものなしだな、こりゃ。

ね、なんとなく、格好はついてるでしょ。

最後は温泉に入ったのですが、帰りの車はパパとムスメ、ぐったりでした。あ、ワタクシも。

撮影:SKkraft Mr.KONTAN


 

気がすむまで。

2人でよく話したね。ここにいたいけど、いられない。その気持ちを伝えたかったけど、いまとなってはもう遅すぎる。どうにもならないことって、あるのかな。

「一生懸命」って、命がけで事にあたること・・・って辞書に書いてあった。命がけか・・・。けっこうひくなぁ、字面で見ると。ワタクシはね、「一生懸命仕事をしている」と(自分の目に)見えた人に、なんとかして手をさしのべたい、こんなワタクシでもお手伝いが少しでもできたら、って思ってるんだよ。それだけ。

本意ではないけれど、「ホントはイヤだったんだけど」そういう結論を導きだしたのは、自分。何事においても、無意識にその瞬間瞬間、そういう結果になるように選択しているのは、自分。

ここにいたいけど、いられない。軌道修正をしたかったけど、できなかった。そうしてきたのは自分。誰かがどうにかしてくれる。誰かがどうにかするのを、自分のなりたい結果に導くのも、流されるままになるのも、やっぱり自分。

「人の思いは、その人の雰囲気となる」んですって。思いがたりなかったら、そういう雰囲気にもならないってことでしょ。「こうありたい」「こうする」思いはあったのかな。ちょっと投げやりだったんじゃないのかな。

「人の思いは、その人の行動となる」んですって。強い意志がなかったら、行動に移せない、ってことでしょ。動き出すくらいの思いが足りなかったのかもしれないね、お互い。

「人の思いは、その人の人となりをなす」んですって。もうこれ以外の言葉は見つからないね。つよい思いがあれば、「叶う」ってことでしょ。それも、思いの出発点が愛だったら、愛に満ちあふれた人に、否定的な思いであれば、それなりの人に。

どっちだった?ワタクシはねぇ、ダンナに「時々恐ろしいくらい冷たい。それで人は傷つく。」って言われた。まだまだ思いは足りないみたいです。「この程度で。」なんてこと、もうしない。その行為が自分にかえってきた。すごく切なくなっってしまった。誰かに同じことをされたわけじゃないけれど、ココロが痛いっていうの?灰色のなにかがずっとぐるぐるまわってて、いつまでも晴れない。

そんでもって、ごめんね。ワタクシの考え方をいっぱいいっぱい押しつけて、「そうだよなぁ。」って思ってくれてても、袋小路に追い詰められていたんじゃないのかな。だから、今日話しかけられたときは、びっくりした(笑)。ありがとうね。その人の環境でもって、大事なモノはかわる。同じでなければいけないなんてこと、ないから。

ココロの整理をしながらゆっくり話した今日。思いは、わかった。「なんて言ったらいいんだろう・・・。」の言葉にかくされた、いっぱいのおもい。大丈夫。わかった。


 

春を告げる魚。

今年も春の便りが届きました。関西から。

「いかなごのくぎ煮」。ハマちゃんのお母さまから毎年届く、春の便り。

今年もおいしくいただきました。ありがとうございます。

昨日、山菜採りの準備とでもいいましょうか、山を下見にいってきました。数日前までスノーボードに夢中になっていたのに、昨日はまるで「春の散策」でした。そこでムスメが靴をドロドロの泥だらけにしたので(泣)、気分を春にかえようと、春色の、小さな花がたくさん描かれている靴を新調しました。そうそう、お母さま、聞いてくださいな。ムスメがピンクのふわふわのコートを着ているのですが、「はよ、よこせ。」とハマちゃんにしつこく言われてます。あと2年は着せるつもりですので、残念ながらゆりあちゃんにはまだ・・・ということを、お母さまからびしっと言ってくださいまし!

雪山に少々心残りがあるものの、昨日の散策で「さぁ、そろそろ山菜だな・・・。」と、なんだかドキドキしてます。父は3月1日解禁の川釣りに夢中。ダンナは「そろそろムスメと海(波乗り)だな。」ともっぱら遊ぶことばかり(笑)。

ハマちゃんのお父さま、お母さま、岩手にこんな奴らもいたっけ・・・くらいでいいので、ココロの片隅にでも居座らせてください。お母さまとは楽しい手紙と電話のやりとりでした。なによりも、去年は念願のご対面ができましたし(笑)。ときどきはこのブログものぞいてみてください。もしかしたら、お父さま、お母さまの知らないうちに、話題に上っているかもしれませんので。

お世話になりました。どうぞいつまでもお元気で。


 

ラッキーフード、牛。

先日、遠野へ家族でちょっとドライブに。民話の里として、「オシラサマ(遠野物語)」や河童で知られているところ。でも今回のドライブにはオシラサマも河童も必要ないの。ダンナが、

「遠野で買い物したい。」と。

うわぁ、なんだそりゃ、と思いましたが、つぶやくとゼッタイに引かないダンナ。「へぇ、それでは旦那さま、まいりましょうか。」ってな気分で行きました。フツーはさ、そこでしか売っていないもの、とか、近所にはないもの、とか探すでしょ。スーパーにすたすた入っていって「牛肉はどこだ?」と。あぁぁ、わからない。ダンナがわからない。

「牛肉はどこだ。(←ダンナ)」

「なぜにここまで来て牛肉を?(←黒まめ)」

「牛肉を買うのはいま思いついた。牛肉は今年のラッキーフードだ。(←ダンナ)」

でたよ。遠野でダンナにDr.コパが降臨してしまった(笑)。

「今日はバーベキューだ。牛肉、牛肉・・・。(←ダンナ)」

・・・と、探してはみたものの、カルビ、焼肉用の薄切り牛肉さえもない。精肉の処理をしていた若いお兄さんにきいたら、

「牛肉で焼肉ですか?・・・しないっすねぇ。だから仕入れたり、仕入れなかったり・・・云々。」

ほぉぉ。遠野は牛肉でバーベキューせんのか??なんて驚いたら、そうだ、ここはジンギスカンだ。精肉コーナーもラム、マトンが所狭しとならんでいるではないか。「仕方がない。遠野へのドライブ記念(?)に今日はジンギスカンといこうか・・・。」とふり向いたら、

「きみ、今年は牛肉がラッキーフードなんだぞ!」

・・・と、若い精肉のお兄さんに懇々と説教こいてた。かわいそうに・・・。おそるべし、Dr.コパ。どこからともなく降臨し、ダンナを別人にしてしまう。夕飯はもちろんジンギスカン、

「これを牛だと思って食べよう。(←ダンナ)」

イヤですってば。遠野へのドライブはなんだったのよ(怒)。


 

一応、老舗ですよね・・・。

雨もりがひどく、醤油工場の屋根を改修した。

3月16日だったか、17日から始まったの。近代的な建物じゃないけど、なんか風情といいましょうか、歴史があるとでもいいましょうか・・・

・・・どうしちゃったの、ヤギサワ商店・・・。


 

和解?

シ〇テム〇ースのサイトーさんと〇バラさんがやってきた。きくところによると、サイトーさんがホワイトデー用に買ったはずのバウムクーヘン、〇バラさんに届かなかったらしい。

「3階の営業部に行ったら、あの箱が冷蔵庫にはいっていたの。私には届かなかったけど、営業部の女の子には届いていたの。『ブログみたほうがいいですよ』って言われたわ。(←〇バラさん)」

わはは。オリ〇〇さんもサイトーさんも、大事な人に差し上げないとぉ。

この写真は、おふた方に「ヤーコン冷麺」を試食していただいてるところ。「おいしい、おいしい。」と食べてくださいました。おいしーでしょー。

仲良く(?)並んでいるところをみると、このおふたり、和解したらしい・・・。

「はじめからモメてませんから。」・・・・・そうですよね。

シ〇テム〇ースさんのそれぞれのキャラを誇張すると、だんだん仕事の話をきいてもらえなくなりそうなので、控え目にしておきましょう。

サイトーさん、今度は黄金さんま(サンマ缶詰)いかがですか?ラッピングいたします(笑)。


 

撮影の裏側ってーのは・・・。

先日、午後休みをとって、ダンナに電話を。「お昼、一緒に食べない?」と。ムスメは保育所にあずけているので、久々のデートだデート(笑)。

待ち合わせ場所を指定したとたん、「・・・ついでに溜め込んでた仕事をやっちゃおうかな・・・。」と、店にカメラや備品を持ち込む。先に店で待っていたダンナ、見たとたん「ねぇ、お昼一緒にってーのは、ついでだったんじゃないの?」決してそんなことはございません。でも、ダンナのいないところでお店のオーナーと急きょ打ち合わせをし、撮影許可をいただいちゃったものだから、商品に茶碗に急須にお箸に・・・・と、備品が山のよう(笑)。おまけに、お店でイメージ写真用に料理までつくってもらっちゃって。

お客さまからいただいて、「ホームページに掲載させていただいてもよろしいですか?」とお声をかけてからずい分と月日がたってしまい、ずっと気になっていたこのレシピ。

焼肉のたれ黒(こく)をつかった丼。イラストつきでFAXでお送りいただいたもの。Nさま、その節はありがとうございました。商品案内「焼肉のたれ黒(こく)」にも掲載しています。みなさま、みてね。もったいないので、撮影後、すっかり冷めたこの料理をたいらげました。おいしかったですよ。

そのほかに、梅製品ができあがったので、いろんな写真バシャバシャ撮って、気がついたら

ダンナが消えていた。

撮影しながらデートなんて、そもそも無理なハナシだったのね。

でも、ダンナはそっとワタクシの大好きなチョコレートケーキを注文しててくれて、

「なんてやさしいダンナさまなの・・・(惚惚)。」とおいしさにひたったのですが、

最後のお会計で、「こちらが会社の撮影分で、こちらが昼食代です。」と、

まるごと払わされました。

チョコレートケーキの味はすっかりぶっとびました(涙)。


 

オレンジの食べ方と雪山と。

いつもこう。育て方を間違えました。

この山のてっぺんからダンナ、「ひかりの(保育所の)お迎えよろしく。」

・・・。さぞ楽しんだでしょうね。ムスメと妻も行きたいのにさ(怒)。


 

全国1,000万人のM美ファンのみなさまへ。

結婚しました。M美ちゃん。

正直に言ってもいいですか?だんなさま、笑顔をはじめて見ました。

撮るときに「どうしようかな・・・。」って思ったら、やっぱり邪魔だった〇サヒビール。

これが全部でン十万円のドレス。

幸せいっぱい。おめでとう。


 

おばちゃん降臨。

久々に「大長今」を涙、涙で全話見る。「宮廷女官チャングムの誓い」のことです。ムスメもだいぶハナシがわかってきたようで、ノーメディアチャレンジを無視し、2人でひたすら見る。

「いやーん。ミン・ジョンホ様(←チャングムの後のダンナになる人)っていいよねぇ。素敵素敵。(←ムスメ)」

「ママ。わたし、大きくなったらチャングムになる。そしてミン・ジョンホ様と結婚する。(←ムスメ)」

「ええぇっ!こんなに波乱万丈の人生でいいのか?流刑なったり、処刑されそうになったりするんだぞ!親としては生きた心地がしないのでそれだけはやめてくれ。(←黒まめ)」

「女官にも医女にもならないよ。ミン・ジョンホ様と結婚するだけだよ。あ、そうか。ママ、韓国行きたい。ミン・ジョンホ様に会いたい。(←ムスメ)」

なんだか、韓流スターを追いかけているおば様たちの会話のようだな。まるで5歳児とは思えん(涙)。大長今を見ると必ず、ムスメには韓流スター追っかけおばちゃんの霊が降りてくる。追っかけおばちゃん降臨だけではなんだか寂しいので、「医者になる!料理人になる!」くらいのひと言があったほうがよかったな・・・。あぁぁどうかチ・ジニ様を追っかけて波乱万丈の人生は送りませんように・・・。


 

水っぽいのはダメなの・・・。

4月17日に、だだちゃ豆さんが、ブログで野菜(トマト)についてふれてました。「食べた人のエピソードは、たぶん黒まめさんが書いてくれるでしょう〜〜。」なんて、こら(怒)。ちゃんと説明せぃっ!・・・っていったところで、だだちゃ豆さんは商品開発に農作業に「誰か私にカラダを何体か貸して下さい」くらい忙しい日々を送っているので、やっぱりワタクシ黒まめがご意見申し上げましょう(←何様?ワタクシ・・・)。

ワタクシ、はっきり申し上げまして(市販の)トマトが嫌いです。食べられません。おいしいと思ったことが一度もございません。ですから(?)我が家の食卓のトマト登場回数は平均値をはるかに下回るでしょう(ついでにいわせてもらうなら、ケチャップも好きではない)。ダンナとムスメには好き嫌いなく、なんでも食べさせたい、とは思うものの、「さて、今夜の・・・。」と考えて買い物するときにはすでに、頭の中には「自分の嫌いな食べ物」は買い物リストから完全に削除。幸い、ダンナもムスメもトマトは大好きでかぶりつくが、ワタクシには到底できない芸当でございます。

「喰ってみ。(←だだちゃ豆さん)」と差しだされた赤と黄色のトマト。「うえぇぇ(泣)。」と思ったものの、死ぬまでトマトを避けることはできないであろうことを自分自身に諭し(←すんごい大げさ)、仕方なく(したかなくですよ)、ひと口。

あら、うまいんでないの?

これだけは食べられるようになりました。(市販の)変な水っぽさがなくて、濃厚。とっても美味しい。八木澤商店のお店で去年、試験販売しました。購入回数ベスト3のお客様は・・・。1位、お勝手係の洋子さん。2位、ブロッコリー将軍。3位、たぶん、ワタクシ(笑)。洋子さんなんか、「ウチでもトマト育ててるのに、孫がこれしか食べなくなってさー(嘆)。」ですって。でも、お客様からも絶賛でした。

お孫さんの気持ち、わかる、わかる(笑)。

八木澤商店につとめて早10数年(えぇぇぇっ、いつの間に??)。「美味しい」に対してものすごくがんこになりました。それがいいことなのかどうかはわかりませんが、同様に何に対しても「本来あるべき姿」を追い求めるようにもなりました。しつこいといわれるのはそのせいかもしれません。わはは。

八木澤商店のハウスで水も与えられずに育つトマトが好きです。水っぽいのはどうしても受け入れられません。今年はホームページにも掲載して販売を計画中です。収穫に来てくださっても結構です(まだまだ先のハナシですが・・・)。あ、このハナシ、だだちゃ豆さんに了解を得ていませんでした。どうでしょう?

トマトは濃厚なのが好きです。ついでにいうなら人間関係も(←どこにいきたいんだよ、このオチはよ・・・)。

ゼッタイ、食べてもらいたい、このトマトは。


 

風邪の特効薬(?)、諸葛亮孔明。

「(肺の病気が悪化するので)ゼッタイ風邪をひくな(脅)。」と医者にあれほど言われていたのに、風邪をひいてしまった(落胆)。やはり、肺がつぶれそうな感じで息苦しく病むのである。トホホ。

M美がひとり立ちし、与えられたことをこなす作業ではなく、自分で呼び込んで仕事ができるようになった。なんだか安心。結婚もしたし(←関係ないか)。入れ替わるように新人が部下に。

「教える」「引き出す」というのはなんと体力のいることか。ワタクシは「背中をみて仕事を覚えろ。だまってついて来い。」タイプではないし、ましてやそうやって覚えられる仕事内容でもないし。部下の育成も仕事のひとつだが、正直、〆切り迫る仕事に追われて「これはこうするんだよ、あれは・・・云々。」と部下に指示しながら毎日過ごすのはけっこうしんどい。家に帰ると(疲れのあまり)、口がきけないのである。ほどほどに、とか、今日はこのあたりで・・・と折り合いをつけることがなんだかできない。自分のカラダが元気なうちに、なんでもかんでも教えてしまいたいと焦る毎日。

これじゃぁ、風邪もひくわな。ココロに余裕がなくて、あれもこれもと欲張って、ついでに風邪にまで手が伸びてしまった。喉からみぞおちのあたりまで、渇いたようにヒリヒリする。呼吸をするたびに肩があがる。酸素はどこいった?ってなくらい苦しい。

たぶん相当ひどい顔をしていたのだろう。ダンナが「キミを占ってあげるから、答えてね。」と、したことのない占いで(元気づけようと)問いかけてくる。いろんな質問にゼェゼェ答えたら(笑)、ダンナしばし黙り込む。「・・・?」と眉をひそめてダンナの顔を覗き込んだら「まぁ、占いはある意味統計学だからさ、これがゼッタイ!ではないことはわかってるけど、キミはすごいね!キミは諸葛亮孔明タイプで先見の明に長けて、自信があるところを自慢しなくて、あれこれあれこれ・・・なんでこんなにいい結果がでるんだろう(←どういう意味だよ(怒))。ボクは劉備玄徳タイプだって。孔明がよかったなぁ・・・。」と、隣で感心している。

「キミはさぁ、他人には(仕事では)やさしいけど、自分には厳しすぎるよね。他の人(部下になった人)は、ここら辺でいいわ、って仕事を切り上げてもらっても嬉しくないんじゃないのかな。仕事の醍醐味は、そこからキミがいつも行う、作業に魂を入れることだから。たとえ新人でもやらせなくちゃダメだよ。そこまでやらせて、キミは腹をくくるんだよ。なんでもかんでも自分で背負ってしまって風邪ひいちゃってさ・・・。」

魂をいれるというのは、ダンナの例えた言い方。作成した規格書の確認、得意先との打ち合わせ、企画を具体的にカタチに表す・・・作業から仕事へと切り替わる、いわゆる(?)坊さんの「魂入れ」のようなものだってことでしょうか。

「キミは落とし所を間違えてるな。もう少し、部下に仕事を与える。様子を見る。それでホントの諸葛亮孔明になれるんじゃないのかな。占いもそう結果がでてるし。これを今説明してもわからない、なんて手を抜いて仕事してないよね(←ギクッ!)」

・・・劉備玄徳に諭された風邪ひき諸葛亮孔明。そうだよなぁ・・・。もう少し、新人を頼ってみよう。でも、ワタクシけっこう小心者なのでゼッタイに「空城の計」だけはできません。琴も奏でられないし、なおる風邪もなおりません(涙)。

黒まめの今年度の目標。「風邪は2度とひかない。そんでもってちょっとだけ諸葛亮孔明になってお仕事する。」これでいこうか。占いだか統計学だかわからないけど、「諸葛亮孔明タイプ」と言われて、ゼェゼェいいながら、イイ気になっている黒まめなのでした。孔明は風邪ひいたとき、どうやってなおしたのかしら・・・。しょうが湯ですか?ネギを首に巻きました?それとも葛根湯ですかね?


 

まるで部活のような・・・。

山菜採り(涙)。はじまりました、黒まめ家毎年恒例「これって部活ですか?」山菜採り。「ママぁ、そろそろ山がはじまるねぇ・・・(しみじみ)。」とのたまうムスメ。「そうですね、お嬢様。そろそろ散策にまいりましょうか?」と、パパとママ、まるで召使いのよう。

行ってきました。場所は申し上げられませんが、

こんなところとか、

こんなところ。・・・でね、ここで「あら〜きれいだわぁ・・・。」なんて写真撮ってて、雨で増水していたのをすっかり忘れ、足を滑らせ川に落ちる。「いかん、カメラが・・・!」と必死に濡れるのを防いだら、ワタクシがずぶぬれでございました。わはは。ムスメ「カッコ悪い。うふふ。」と鼻で笑い、パパとすたすた行ってしまう。ママ、風邪の治りかけの症状、悪化。バカバカ(泣)。

ここでワタクシが・・・

渡るときには手を差し伸べてもくれなかったダンナ。このあと二人はすたすた行っちゃって、ワタクシは写真撮ってたら落ちて、おまけに取り残される。夫婦愛はあるのだろうか?・・・と、ちと思った。トホホ。ワタクシはねぇ、あなたがたが楽しそうに、そんでムキになって採っている姿をおさめたくて川も急勾配もなんのその!で必死に追いかけてんのにさぁ、「うふふ。」と笑う前に手をかせよっ(涙)。

しどけ(モミジガサ)を見つけると、もう大変。一切上を見なくなります。黙々と採り続けるムスメ。

足を滑らせ、お尻をついても「おっとっと・・・。」で体制をたてなおして、おしまい。あ、額の白いのは、昨日、まわりのみんながふりむくほどの音をたてて鉄柱にぶつけたそうな。大声で泣きながら帰ってきたのに、「明日山菜採り行かんよ。」と言ったら「あれ?なんか治ってきた。」うそつけ。みたこともないくらい腫れ上がってたぞ(笑)。

どれくらい夢中になって採ってたかといいますと・・・

こんなになるまで。なんだか人間以外のモノに出会いそうなので、大急ぎで帰りました。

今日ですか?サイコーに筋肉痛です。足よりも腕がぷるぷる震えます。

注意 : 山の管理者により、採取できるところ、できないところがございます。ルールは守りましょうね。そんでもって、タラの芽をぶった切るのはやめましょう(怒)。


 

この時期はいつも・・・。

無口になるワタクシ。出勤でも、口はゴールデンウィークまっただ中で、現在お休み中。だから、毎年無口。おまけになんだか歯が浮いたようなヘンな鈍痛があって、気分はイマイチ晴れず。ワタクシの大型連休はみなさまが仕事をはじめたころにドカーンととりましょう。

今日は連休の真ん中。曇りでも、お店にはけっこうお客様がいらっしゃってくださってうれしい限りでございます。もう一度言いますが、この連休中、ワタクシは無口。だから、この間にいらっしゃった方は「なんて静かな、しとやかな方なんでしょう・・・。」って思ったはず(←いいじゃん、少しくらい妄想したって)。

お客様が途切れた合い間に写真を少し。

中庭のアケビがとてもきれいだったので(アケビですよね、これ・・・?←実は自信がない)採りました。もとい、撮りました。採取してませんから。

誰にほめられようとも、ひけらかそうとするわけでなし。季節がめぐってきたら、花をつける。なんだか風流ざますわ。ここで一句。・・・・・・・・なにも浮かばず(涙)。あれこれ喋るより、静かに愛でるのも一興かと。

今日いらしたお客様のなかにも、カメラを片手に中庭をあちこち撮っていらした方がいらっしゃいました。アケビ、撮りました?

アケビですよね、これ・・・?(←やっぱり最後まで自信がない。)


 

さ、仕事です。

出勤体制がかわり、日曜日に出勤、火曜日が休みとなった。日曜日にひとり静かに黙々と仕事するのも悪くないもんだ、と思いながら、「・・・!なんだよ、しばらくみんなにおまかせで、ワタクシ、ブログ書き込んでないんでないの(汗)?!」と思いだし、いま、ここで(笑)。

先日のハナシ。19日(火)も休みだったので、「よし、今日はゆっくり手をあわせるとするか。」と、母の墓参り。

5月19日は母の命日。まる15年。またたく間の時の流れ。人がこの世の肉体を離れ、あの世へいく瞬間をまざまざと見せつけられたのが、母がはじめてだった。だから今も強烈に覚えている。逝くその瞬間のカラダの小ささと、息づかいと、目やくちびるが乾いて「人間としての潤い」が消えていくヘンな感じ。自分でもおそろしいくらい冷静だった。危篤で呼ばれた親族は、みな母の手をとって名前を叫んでいたけれど、ワタクシはそれを一歩下がってずっと見ていた。涙ひとつもこぼさずに。それがあとから「かわいくないムスメ」としてのレッテルを貼られちゃうんだけどさ。ふん。

19日はムスメを保育所に預け、ダンナは午前6時に就寝したので起こすのが申し訳なく、ひとりで墓前に。朝からものすごく暑くて、草むしりや掃除していると汗がしたたりおちるほど。花を飾り、線香をたいて手をあわせたあと、しばらく墓前に座り込んでいた。ちかくに小学校があって、どうやら運動会の練習をしているらしい。生徒たちの大きな声が響き、音楽もきこえてくる。暑さと、めったにしない(笑)草むしりなんかしたせいか、疲れてしばし動けず。

5月のむんとした暑さの中で、「お昼ごはんは何を食べようかな」とか、「ギフト商品選定もしなくちゃいけないから、斉吉商店さんのさんまのひらきや、えびかつ買って食べてみようかな・・・。」などと考えたり。「ムスメはどっちの小学校に入学させようかな。」とか、「エミちゃんにヤーコン冷麺送らなくちゃ。」とか。忙しいときでも、時間にちょっと余裕があるときでも考えることはおなじ。休みの日は、母親としての自分と仕事をしている自分が登場したり、舞台のそでに引っ込んだり。

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ「疲れたな。」と。あぁ、この暑さで思考が少々あらぬ方向に行っちゃったかな?それともこの線香の香りに「癒し」ならぬ「疲れ」が表に出てきたかな。今月にはいって、「あぁ、仕事やりたくないなぁ・・・。」とめずらしく思うくらいカラダがちょっとしんどくて、仕事のゴール地点も、ひとつひとつをよく見ると、けっこう雑。お中元商戦を前に、失速してしまったワタクシ。ブログでは、こんな心境を吐露してはいけないのかな。会社や仕事そのものがたのしくないわけじゃなくて、ワタクシ個人の、いまこの瞬間を生きている、正直な感情。

仕事が生きがい、なんて思ってないし、仕事は楽しいと思うのも毎日ではないし、家族のためにつくる食事も、いつも「今日はなにをつくろうかなぁ、るんるん(嬉)。」ってわけでもないし。さて、どうやってカラダを、ココロを元気に戻そうかな。寝る間もないほど忙しくなったら、こんな風に考えていたことも忘れてしまうのだろうけど。でも、寝ないともっと疲れるしな・・・。母は仕事をしていた時も、季節の行事にあわせてなんでも手作りでした。カラダをこわして専業主婦になったのですが、体調が思わしくないときでも、四季折々の、旬をおいしく食べさせてくれる女性でした。梅干しもたくあんも、毎年きちんとつくって、お正月に食べる餅料理のあんこやくるみももちろん手作り。あ、餃子はなぜか「食べたいやつが食べたい分だけ包む」方式でした(笑)。

母のような母になれなかった焦燥感や挫折感も疲れの原因かも。四季折々、季節の大事なことをムスメにおしえていきたいけれど、母がしていたことを「忙しくて時間がない」からしないうちに、大事なことを自分も忘れてしまう悲しさよ。ワタクシが生きていく上で、大事なものってなんだろう。だいじなことの優先順位の1位はなんだろう。

墓前に座り、思い出したのが、台所にあった大きなテーブルに小麦粉と卵とパン粉がならんでいて、揚げる食材をそれぞれにとおして母に渡し、母が揚げていた風景。大きな魚は捌けないので、父がその大きなテーブルで捌き、母がそれをいろんな料理にしてたっけ。いま、ムスメはお手伝いしたいお年頃。「いそいでいるからあとでね。」じゃなくて、きちんとムスメと二人だけの台所にたつ時間をつくろう。ムスメがワタクシみたいに、いつまでも「なにかが不足している」ような切なさを持たないように。「仕事しているママがいちばん好き。」と言ってくれるムスメに対して、ありがたいけど母親の気持ちはそこじゃないのだよ。「あなたにしてあげたいことが、十分にしてあげられなくてごめんね。」と。仕事は大事。でも、あなたを想う気持ちは仕事なんぞ足元にも及ばないほど計り知れないの。でも、それに行動がともなわない自分に腹がたつの。いつ、どんな時でも自分の行動、考えを選択しているのは自分だから。先日は胸が痛くて失神したんだか寝てしまったんだか定かではないとき、目が覚めたら汗びっしょりで、おまけに夜中の1時。部屋中きれいに片付いていて、「あら?」と思ったらムスメ、ソファにもたれて絵本を読んでいるではないか。夜中の1時だぞ。「あれ、ママお茶碗洗ったっけ?」と聞いたら「ひかが全部片付けた。」と。台所をみたら、全部きれいに片づけてあって、おまけに床もぴかぴかだった。とりこんだ洗濯物もたたんであったし、テーブルには(ワタクシの)緊急時の薬がおいてあって「2つ(ワタクシに)飲ませた。」んだと。熱はないけど、額には冷えピタ(子ども用)が貼ってあり、胸には風邪や鼻づまりのときの呼吸を楽にするヴェポラップを塗ったあとが。

ムスメは家庭環境、家族の状態を5歳児なりに把握して、精一杯できることをしてくれている。仕事の都合上、パパが夜は家にいないので、しっかりするのはわたし、とでもいうような成長ぶり。母親が目指す理想の母娘関係は、あくまでも理想であって、これから先に訪れる「大事なこと」なのかもしれない。

19日の夕方に斉吉商店本店さんにお邪魔して、えびかつを買ってきて揚げて食べました。おいしかったのですぐに元気でました。意外と単純でした(笑)。ムスメの最近の朝ごはん希望メニューは「しそひじきおむすび」。「ママぁ、このしそひじきがごはんにまんべんなく混ざるようにいつも言ってるじゃん。(←本当にぶーたれる)」ムスメはへんなところが非常にこまかい(怒)。味噌汁すすりながら朝から文句をたれるでない。

さ、仕事です。仕事がおわったら夕飯の支度です。ムスメはなにを手伝ってくれるのでしょうか・・・。


 

タガメの記憶。

タガメが絶滅危惧種なんだそうな。昔は田んぼにいっぱいいたのにねぇ・・・。みなさま見たことありますか?タガメがでっかいカエルをとっつかまえて、ぐるんと仰向けにして口(?)をぶすっと刺して、ちゅうちゅう吸ってるところ。

ワタクシ、みたことあります。あれはねぇ、どのホラー映画もしのぐほどの震撼でございましたわよ。おしっこちびりそうでしたわ(←ホントよ)。それからです、田んぼの生物に手をつけなくなったのは。たにしも、ザリガニも・・・小学2年生で捕まえるのをパッタリとやめました。いま、田んぼに生物はいるのか、ところで・・・?

タガメは子孫を残すために交尾をすると、遠く離れた場所にぶーんと移動するんですって。近親相姦を本能的に避けているとかで、「たかが虫なのに、たいしたもんだよ、おまえは・・・。」とほめたくなるじゃない。田んぼに水がなくなると、タガメもいなくなる。死んでるわけじゃなし、どこへ行ったの?と思いきや、森林の落葉の下でひっそりと暮らしてるっていうじゃないの。

そんなタガメさんも今じゃ絶滅危惧種。「あぁぁ、タガメで環境破壊を感じるなんて、なんだか切ないわ・・・。」・・・とは思いませんでした。

「かわいそうに・・・。」と思わせないその風貌がいけない。

タガメさん、あなたゴキブリにそっくり(号泣)。

子供のころのタガメの記憶をくっきりはっきりさせた某テレビ番組よ、絶滅危惧種は他にもたくさんあるでしょうに(涙)。


 

どれかにしましょうよ。

ニュースで。ラブホテル経営の宗教法人が、売り上げの一部を「お布施」と称し、税金逃れ。そんで代表は食品製造会社の会長だか社長なんだと。

なんだか信仰がすごく薄っぺらに感じるのはワタクシだけでございますの?なんの食品つくってんだか、まったく。

追徴課税に異議申し立て。そんなアナタに異議申し立てしたいワタクシ。

・・・ねぇ、やるならどれかにしなよ。どうしても3つ捨てがたいなら「宗教法人〇×食品。業態:ラブホテル経営。経営方針:アナタのお布施が世界を救う。」

・・・やっぱりどれかにしようよ。


 

題名がみつからん。

疲れたときは、カラダを休めたり、お風呂にゆっくりつかって・・・なんてことはよくするけど、ココロが疲弊したときは、どうしているのかしら・・・。

疲弊、というよりも「自分はこうかんがえているのに、周りはどうもそうじゃない。ワタクシが進みたいこの方向へ足を進めてもいいのだろうか・・・。」とちょっと迷うとき、ワタクシは自分のココロのあり方を確かめる癖がありまして。

最近、毎日目を通しているのが「マングローブ的生き方」。人はなにかによりそうとき、そのことを強く知りたい、もっと知りたいって思っているときだと、思う。だから、ワタクシがこのブログによりそうというのは・・・・・なんでだろう。己の我を少しおさえて、もうちょっとしなやかに、楽に生きることを腹の底から、いや、もっと奥底から望んでいるのかなぁ、と。

そういえば昔、題名に惹かれて買った本があった。著者が美しいとおもうものや事柄を述べた内容だったが、写真も文章も、とてつもなく切ない、というより重たい文章で、読んでいてヘロヘロになったことがある。本を閉じたとき「おいおい、どうすんだよ、このモヤモヤ感。美しいものはどこにあったんだよぅ(泣)。」ってな本だった。今も本棚ではなくなぜか机に並んでいるけれど、いちど読んでそれっきりの、まったくご縁がない本。言葉はそのひとの生き方を映して出るものだとおもっているから、「この著者は切ない、悲しい美しさにひかれる人なのかな」と。

いまのワタクシは、カラダから抜けてしまった水をもういちどあふれるくらいカラダに戻して、干上がった脳みそとココロにうるおいを与える時期なのだろう。お中元商戦といわれるシーズン、その前の準備段階でいつも失速する。時間とココロに余裕のない仕事をしているせいか、脳みそがクールダウンせず、焦げつきそうである。

人だけではなく、出会いは偶然ではない、と思っている。だから、マングローブ的生き方に出会ったのも偶然ではない。ダンナがよく言う。「強く強く求めていることは、必ずやってくる。だからキミは答えを知っているんだよ。」

・・・なるほどね。


 

よし。

がんばる。がんばれるチカラをもらったから。


 

どっちで泣いたのかな?

若いころ(←いまでもわかいですよー・・・)、本は読んだ。でも哲学者みたいに(?)物事を深く、ふかーく掘り下げて考えていたかというと、それは別。アルバイトと遊びと恋(???)に明け暮れ、それ以外なんにも考えていなかった・・・ような気もする。でもその当時、それはそれで「いま一生懸命生きているんだ!いまこの時期にしか味わえない青春(なんてもの)をいやというほど味わうのさっ」なんて言い訳しながらやりたいことやって、やりたくないことはやらなかったりして。

八木澤商店には、高校を卒業して入社してくる子たちがけっこういます。他社ではわからないけど、ここには研修期間というものはほとんどなく、即実践。どの部署にいっても即戦力です。ちなみに、ワタクシの向かいにすわって仕事しているミキちゃん。入社4ヵ月。規格書、商品提案書、お客さまの注文受付け、お店での接客、なんでもします。まだまだですけど、属した部署でやらなければいけない業務はなんでもできるようになりました。本人はまったく別の仕事につきたかったと言っていますし、本人がのぞんでいた仕事内容とは大きくかけはなれているかもしれません。

「仕方ない」でもいいんです。いま与えられた目の前の仕事を黙々とこなし、要領を覚え、時間の配分がわかり、自分のことだけでなく、周りもうっすらと見えてくれば、「仕方ない」もいつしか気持は変わるでしょう。あ、ミキちゃんがそう思っているということではないですよ(笑)。「仕事は楽しく」なんて押しつけがましいことは言いません。楽しい、楽しくない、どっちでもいいです。本人が感じることですし、上司が言ったらただの「強迫観念」としかとられないでしょうから。

高校を卒業して入社してくる子たちは、当時の自分と比べると、(もしかして)はるかにしっかりしているのかな・・・と。ワタクシなんかは大学生活は「責任をもつまでの猶予期間」と都合のいい解釈をしていた時期もあるし、すんごい不健全な大学時代でした。仕送りしていた親は「・・・・むむむ・・・(怒)。」でしょうね。あっ、いま謝ります。ごめんなさい。

入社したばかりのころは、がむしゃらで、とにかく目の前の仕事を終わらせるので精いっぱいでしょう。ワタクシもそうだったように思う(汗)。そういう子たちが何年か過ぎると・・・。

迷うんだな、これが。道が2つにわかれてて。あ、女の子のハナシね。仕事も私生活も楽しくなって、ガンガンまぶしい人間になっていく道と、埋められないココロの隙間を楽しいことで埋めようと焦っている時期、そんなときにへんな恋しちゃったものだから、仕事も私生活も疲弊しちゃう道と。まぁ、こんなときに出会う人で、人生が大きくかわってハッピーエンドなんつーものは、ドラマでもきかないよね。

ワタクシはねぇ、後者でした。ダンナと出会う前は、人生もココロもささくれてました。恋して彼と一緒にいることがイチバンの幸せだと思ってました。まぁ、それも大事ですけど、ひょんなことからあっさり別れ、悲しい思いもなく(←意外と薄情なのかも・・・)恋に恋する生活は一変しました。

あの。これ、数日にわたって書きこんでいるので、ハナシの脈絡がぶっ飛ぶのはお許しください。

それでね。本題。ある人のハナシ。

本人曰く、そんなつもりはなかったのに、(ワタクシの)顔を見たら涙がぽろぽろあふれて、ビックリしました。若くて、エネルギーにあふれて、しっかり者なんだけど、ココロの隙間を埋められずに何年か経ってしまったのではないのかな・・・と。察するに。他人のふがいなさに腹がたって、でも自分の意見は本人の前では口にだせない。頼られることはうれしいけれど、それがなかったら自分の存在が否定されるのではないかと、忙しいけどなんだか不安な日々。

そして、他人のことはとっても気になって腹もたてるし、うらやましいと思ったりもする。まわりからはしっかり者の、いつでもたよりになる頼もしいヤツで、何事にも完璧〜、な人間にみられたい。いつもじゃないけど。でも、そうみられたいわりには、悩むだけで、考えに考えて解決策を見出す、それができない。だから土壇場になって自分の思い描く自分とみられたい自分のギャップに苦悶する。

ま、あくまでもワタクシの想像なんですけどね。

あ、お客さまがみえましたので、つづく。


 

どっちで泣いたのかな? その2。

・・・でね(←最後に書き込んだブログから数日経過しているので、必死に思いだしている)。

「ココロの隙間を埋められないでいる、そんな自分に納得はできないけど、それがわたし。」を受け入れられるかどうか、かな。完璧主義者であろうがなかろうが、天才であろうがアホであろうが、人生幸せを実感していようがいまいが、いまこの瞬間にここに立っているのが「わたし」。

「そんなつもりじゃない。」「こんなはずじゃなかった。」等々の理由。これは自分の行動においてはないと思っています。確かに、「こんなはずじゃぁ・・・(大汗)。」と感じることはあっても、そう感じる結果になるように、自分が歩いてきたと、いつも思ってます。予想外の結果はなく、結果は自分が歩んだ通りにしかならない。そのことがわかると、楽になるのかな・・・なんて思ったりして。でも、若いと、自分の望んだものではないことが次々と舞い込んでくると思って、そんなこと考える時間もココロもないのかな。ワタクシがそうだったように(笑)。

「経験」とはすごいものです。不安で涙がでることも、やがて力にかえてくれます。窮地に立たされても、自分の過去を引っぱりだして、はね返すことだってできます。「若いときの苦労は買ってでもしろ」ってのは、そういうことなんですかね。でも楽もいいですよねぇ・・・(笑)。

「この場をどうにかまるくおさめてほしい。」の涙だったのか、「自分ではどうにもできない悔しい。」の涙だったのか。

正直に言ってもいいですか?どっちも含まれていたような気がします。そして、それが若さなのかな、とも思いました。責めているのではなくて、あなたが歩むべき道はそっち(←どっち??)ではないですよ。それが言いたかったのです。

「カッコよく仕事をこなす自分・カッコよく生きる自分」を強く思い描いて、言葉、行動(しぐさ)を意識してみたらどうでしょう?それを何日も続けて、自分がカッコよくあるために足りないものがなんなのかを探す。そしてそれを補っていく。

これは一種のゲームです。でも、とっても大事なことなんですよ。ワタクシは若いときにこれをやったか?やるわけないじゃないですか。だってこの年齢になって「こうしたほうがいいかも・・・。」って思ったんですもの(笑)。だけど、ときどき意識します。疲れているときにムスメを叱っったり、ダンナへの言葉づかいがちょっと荒くなったりしたときに。

涙を流すのはストレスホルモンが一緒に流れるからときどきは必要かもしれないけど、泣いて解決できるのは、失恋ぐらいです。それも泣きつづけてお腹がすいて涙も止まる、そんなもんです(←ワタクシの場合ですすいません)。

泣くのは解決方法ではありません。ちゃんと自分の足で歩きだすこと。いつまでも指示待ちしないこと。周りを見渡すこと。誰も足を踏み入れさせない自分の世界を仕事場につくらないこと。自分の部下がどんな仕事をしているかをきちんと把握すること。自分だけが頼られる人間でいいと思わないこと。言葉にできない人間は自分だけだと思わないこと。そばにそんな人がいて、あなたに声をかけられるのを待っている人がいることを早く気づくこと。やさしいと甘いは違うことを理解すること。流されないこと。そして、不満がある自分は自分がつくりだしたことを理解すること。

同じ部署ではなくとも、あなたを気遣い、見守っている人がいることをちゃんと理解しなさい。

そして、それでも不満があるならちゃんと考えて、愚痴ではない言葉にすること。


 

go surfin' ! !

ムスメ、念願の(?)波乗りデビュー。ダンナ、サーフィン歴ざっと40年ちかく、この技術をムスメに引き継がねば(???)と、以前からムスメを説得(笑)。

でも、ダンナのムスメだけあって、一度ハマると大変。徹底的に突き詰めるタイプ。この日もワタクシ黒まめ、お盆休みをとり、ムスメは保育所を休ませ、寒いのに「さぁっ、波乗りだ(←ダンナ)。」

楽しかったです。ワタクシはふるえながら撮影。ムスメはくちびるをむらさき色にしながら必死にパパについていく。正直、涙がでそうになりました。星一徹も真っ青の超スパルタのダンナ。そんなパパに泣きながら必死についていって、なにかを得られることをしっているのかな、ムスメは・・・。

準備はパパで、このあとのしごき(?)のことは予想もつかないムスメ。

これ、パパのサーフボードなんです。ドルフィン(潜って波をよける)ができないので、荒波に真っ向から向かっていくしかないみたい・・・。

ムスメ、転覆。わはは。最初はこんなもんです。

これを何度も繰り返していました。   つづく。


 

go surfin' ! ! Ver.2

こどものやる気はすごいです。

寒いのと、板を足にぶつけた痛さで泣きそうに・・・泣いているムスメに対し、パパひと言。

「やるの?やめるの?どっちだ??」おいおい・・・。

「やります・・・(涙)。」と答えたんだそうな。

「今日はこれまで。」と、ダンナ。あとは「(あまりにも小さいので)ボクの波じゃない。」なんて言いながら、かるく数本。そのとき、ムスメは・・・・・

プラスチックケースにお湯をはって、おふろ代わりにして寝てしまいました・・・。「パパ、ひかね、波乗りじょうずになりたい。」と、ムスメ。

これから先、父とムスメのサーフィン、スノーボード旅行が繰り広げられるのかしら・・・。「パパ、ピンクの板ちょうだい。」パパお気に入りのサーフボード、「くれ」なんて迫られてるし(笑)。なんだか楽しくなってきたぞ。


 

ここへいらっしゃったみなさま・・・。

八木澤商店のホームページ、みなさまが立ち寄った際のいくつかの足跡をみることができるんです。

八木澤商店にたどりついたときのこんな検索キーワードをみつけました。

行方不明

やる気がない

みなさま、八木澤商店でなにをお探しですの???


 

岡田克也衆議院議員をみているとね・・・。

なぜか、かならず思い出す、漫画家弘兼憲史氏の「加治隆介の議」。彼はゼッタイ、この漫画を読んでいる・・・と、勝手に思っている(笑)。

昔、国会議員の誰か(さっぱりおぼえていない)が、この漫画をテレビドラマ化させようと躍起になっていませんでしたっけ?ちょっと前には、SMAPの木村拓哉が総理大臣になったドラマ(←これも題名を覚えていない。わはは)ありましたよね。内容はゼンゼン「加治隆介の議」とは違うけど(やっぱりドラマは汚れた部分は描けないのね・・・)、この漫画がドラマ化のきっかけってことはないのかしら?木村拓哉演じる総理大臣とは重ならないけど、岡田克也議員と、漫画の主人公加治隆介がなんでか重なるのよねぇ。

加治隆介はイイ男です。漫画もとってもおもしろいです。ずいぶん前に書かれたものですが、時代背景をのぞけば「そうなんだろうなぁ・・・。」があちこちにちらばっている(まるでみたんですか、その現場??)漫画。でも、岡田克也議員がイイ男かは知りません(笑)。「あのマンガですか?読んだことありますよ。」ってなコメントもきいたことありません(笑)。

でもゼッタイ、読んでいるに違いない。知りませんけど(笑)。加治隆介のようにありたいと思っている議員(特に若手)は多いのでは?

あ、鳩山議員はキムタクにはなれないよねぇ・・・。


 

盛り写メ。

携帯電話のカメラで様々な工夫をこらして撮影し、思いっきり可愛く撮影できた奇跡の写メのこと・・・らしい。

写真をみた本人曰く、「あ、これ『盛れ』てる(嬉)・・・。」

パッと見、女優の蒼井優ちゃんに似ていると思ったのは、ワタクシ黒まめだけか・・・・・?

あ、この写真、営業のハルカ嬢でございます。夜ごとひそかに「盛り写メしてんの?」ときいたら

「そんなのしてるわけないじゃないですかっ(怒)!」と思いっきり怒られた。


 

夕焼け。

本日の夕焼け。

しょうゆ原料処理工場の3階から撮影。

きれいね。


 

これは食べ物か?その2。

だだちゃ豆さんへ。

「ほれ、これ喰ってみ。」と、ポンと机に置いてった刻んだジョロキア。(その辺のフツーの)トウガラシか赤ピーマンくらいだろうと思っていたワタクシ。

仕事していると、なぜか涙があふれる。咳がとまらない。目がヒリヒリしてくる。原因はだだちゃ豆さんが刻んだジョロキアのせい。まだ口にしていない時点でお手上げ。

社員の舌にちょっと舐める程度に味見させたら、みんなひざから崩れ落ち、30分くらい悶える(笑)。

商品開発ですか・・・。こんなデンジャラス・フードで・・・。試食はだれがするんですか?「よし、これはいける!」の判断はどこでするんですか???試食がはいる会議にはワタクシいつも出席してますけど、この開発品のときは熱上げて休む予定ですから。

「挑戦することに意義がある!」

商品開発もなんだかオリンピック精神みたいになってきましたね・・・・・(不安)。


 

おめでとう、M美。

全国1,000万人のM美ファンのみなさま。新年おめでとうございます。(おそいよ・・・。)

報告です。

M美がお母さんになりました。

赤ちゃんは文句なしにかわいい。男女のホレたハレたのような、かけひきなしにいとおしい存在ですね。

眉間にしわをよせて・・・?悶々としているようにも見える寝顔。これがM美ママのおススメ写真だそうです。

そんでもって、由美かおるも真っ青の入浴シーン。

「私が抱っこしているときにイチバン泣くんです。」とションボリのM美ママ。そりゃそうだ。「あぁぁ、あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ・・・。」なんて焦る気持ち、赤ちゃんにはすべてお見通しなのだ。「わたちを抱っこちているときは、もう少し落ち着いてくだちゃいっ!」って思っているのさ。

赤ちゃんはすべてを知ってこの世に誕生し、言葉が話せないから笑ったり、泣いたりして親になった人たちを、言葉ではなく、「思い」でもって導いているのかなぁ・・・なんて考えたり。

おめでとう、M美。幸せで体重が増えたあなたを見ておどろきました。

「・・・だれ??」

みなさま、本年もかわらぬご愛顧よろしくお願い申し上げます。


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